「・・・再び目が覚めることは皆無と思っていいそうだ。」
「・・・へぇ。」
コトノが髪の先端を指に絡ませる。
「・・・勇者に送った言伝って?」
「『気にするな。』だそうだ。」
コトノは少し目を大きく広げた後、深く息を吐く。
そして、口元に笑みを浮かべる。
「なら、大丈夫です。」
「え?」
コトノはそう言い、荷物の積み込みを手伝いに宿に向かう。
「ちょっと待って!もう目が覚めないって、医者が。」
シェラはコトノの腕を掴む。
「医者の言うことでしょ?
それにあの野郎言ってたんでしょ?」
コトノはけろりとしている。
「気にするなって。」
(まさか、この娘、その言葉通り気にしないとか言うんじゃ?)
「・・・いや、考えていること何となく予想つきますけど。
いいですか?
リュウ、無駄に優しいし、自分の為に傷ついて死ぬとかっての嫌いなんです。
当然あの野郎も知ってます。
で、ヴァイが気にするなって事は。」
コトノが不敵に笑う。
「死なないって言ってるんです。」
「いや、でも。」
「ああ、あいつも常識通じませんから。
医者の見解なんざ、参考になっても正しい筈が無いって人種ですもん。」
コトノが伸びをする。
「あー、心配して損した。
じゃ、出発の準備しますんで。」
片手をしゅたっと上げて宿に入っていく。
その様子を呆然と見送るシェラ。
「どうかした?シェラさん。」
ぽかんと宿の入り口を見つめるシェラにリュウが声をかけた。
「い、いや、ヴァイの事、コトノさんに教えたんだけど。」
「え?」
「ごめん。いや、教えてなかったと思わなかったから。」
顔色が変わったリュウに慌てて弁解する。
「で、コトノどうかしたの?」
「ううん・・・、何も変わらなかったから、驚いて。」
「そう。
あ、ありがとうね馬車。」
「いや、本当に気にしないで。」
「うん、大事に使うね。
ところで、シェラさん今日って休日なの?」
あと2時間もすれば太陽は真上に移動している時間だ。
「え、あ!ごめん、私行かなきゃ!」
シェラは懐から時計を取り出して時刻を確認すると、慌てて走り出そうとする。
「ちょっ、シェラさん!
カザーブまで、どうやって行くの!?」
「ルーラでカザーブに行ける人手配しておいたから、ここで待ってて!」
後ろ向きに走りながら、大きくシェラは手を振る。
「じゃ、気をつけて頑張って!」
(ルーラで城に戻った方が速そうだけどなぁ・・・。)
シェラに手を振り返しながらリュウはふと思った。
「何、青春してんの。」
ヒカルに背中を蹴られる。
「青春かなぁ・・・。」
リュウは真剣に腕を組んで考え込む。
「考えないでよ。
とりあえず、もう準備終わったけど?」
「ルーラ使える人が来るってさ。」
「じゃ、それまで休憩だね。」
「ああ、レオナは?」
「ん。」
ヒカルは馬車を指差す。
「・・・おお。」
何処ぞから持ち出した、厚めの敷布を馬車に敷き詰め、
寝床を整備し、既に昼寝の体勢に入っている。
「素早いな。」
「びっくりだね。」
「ヒカルはどうするん?」
「あたしもレイちゃんに倣おうかと。」
あくびと伸びを同時にする。
「ゆっくり、おやすめ。」
ヒカルの頭をぽんと叩き、宿に足を向ける。
「リュウは何するの?」
「ん。
野暮用。」

***

荷物は運んだ。
チェックアウトはまだ。
仲間達は馬車の中にいるだろう。
コトノは窓際の壁に背中を預け、ずるずると下がる。
「・・・ふう。」
仲間達の喧騒が聞こえないということは、
(さっき、いそいそと床に敷き詰めてたし。)
おそらく寝ているのだろう。
(騒がしくなければ寝てるってのは何とも間抜けな。)
微笑しながら、頬を撫でる風に目を細める。
冬の空気を孕んだ冷たい風が今は心地よい。
「コトノ?」
暫らく呆けていると、控えめな声と共にノックが響く。
「何よ。」
「入るよ。」
「・・・着替え中。」
「・・・。」
「嘘よ。」
少し経ってからドアが開く。
「・・・さむ。」
「窓開けてるんだもん。」
リュウは腕を擦りながらコトノに近寄る。
「閉めようよ。」
「いや。」
リュウは苦笑しながらコトノの横に座る。
「・・・。」
「・・・。」
ただ、何をするでもなく横に座るリュウを横目で見る。
「・・・出発いつよ?」
「カザーブに連れて行ってくれる人が来たら出発。」
「そう・・・。」
コトノは座る姿勢を変える。
その際、リュウの肩と接触する。
「・・・なんでこんなに接近してんの?」
「何となく。」
「もっと離れて座ればいいでしょ。」
「うん、でも何となく。」
決して動かないリュウにコトノは溜息を吐く。
「好きにしなさい。」
「うん。」
そしてまた二人は沈黙の空間に身を置く。
暫らく時が経ってからリュウが口を開く。
「その、ごめん。」
「・・・?・・・何が?」
「ヴァイさんの事言えなくて。」
「別に、良いわよ。
隠したくなる気持ちは理解できるし。」
コトノは伸びをする。
「てか、気にするんじゃないわよ?
所詮あの人の行動なんだし。」
からからと笑う。
「禁呪の影響で今昏睡してるだけなんだろうし。
気にしないの。」
明るくリュウの肩を叩く。
「コトノ。」
肩を叩くコトノの手をリュウは握る。
「大丈夫なんだから、あいつ殺しても死なないっぽいし。」
コトノは明るい。
「それにしても、馬鹿よねぇ。禁呪ででっかいクレータ作っちゃって。
誰か直すのかな?」
コトノは良く喋る。
「ま、とりあえず結果オーライかな?
アークマージも話聞いたら倒しちゃったくさいし。
何よ、何が僕じゃこいつは倒せないって。
がっつがつ倒してんじゃないの。」
笑顔で話し続けるコトノを、
リュウは泣きそうな顔で抱き寄せる。
「ち、ちょっ・・・!何すんの・・・。」
「コト。」
リュウはコトノを強く抱き締める。
自然とコトノの顔はリュウの服に押し付けるような形となる。
「大丈夫だから。」
「な、何がよ。」
「ヴァイさん、大丈夫だから。」
「う。」
「だから、ね?」
リュウはコトノに向かって優しく言う。
そのコトノの顔はリュウから見えない。
だが、服を通して湿り気が伝わる。
「ああ、もう。」
コトノはリュウの胸に顔を押し付けながら悪態を吐く。
「・・・どうしろって言うのよ。」
(こんな鼻声で強がってもねぇ・・・。)
コトノは言ってから後悔をする。
「とりあえず、今は我慢するのをやめてみるとか。」
「・・・ふん。」
リュウの提案にコトノは鼻を鳴らす。
「後悔しない?」
「しない。」
「いっさい遠慮しないけど。」
「構いませんてば。」
頭の上からかけられる声に鼻の奥がつーんとし出す。
「・・・じゃ、お言葉に甘えて。」
(せめて、少しくらい嫌がらせをしなきゃ。)
今から自分の泣く姿を見せるのだ。
少しは困らせないと、自分の気が晴れない。
だから、コトノは大きく息を吸い込んだ。
深く深く息を吸い込む。
次に吐き出すときは、泣き声と共に。
この自分を抱き締める馬鹿の耳を痛めつけるくらいの音量を出すのだ。
そして、子供のように泣き喚き、
目的通りにリュウを困らせることに成功した時に気付いた。
(窓閉めておけば良かったな。)
不意にコトノは後悔した。

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