「馬車。」
コトノは街道沿いに停められた頑丈そうな馬車を見上げる。
「この時期、普通に野宿したら死に兼ねないし。
だから、防寒用の幌とか用意させたんだけど。」
シェラが馬車の説明を、主にリュウに向かってする。
リュウは車輪を見ながら説明を聞いている。
「今、冬でしょ?積雪とかって。」
「鎖巻けばそれなりにいける筈。
あと街道を進む限りそれほど問題ないと思うけど。」
「そだね・・・。
うん、車輪も修理しやすい型だし。」
「ところで、良いんですか?
馬も凄く良い馬な気がするのですけど。」
馬車に繋がれている葦毛の馬の首を撫でながらレオナが聞いた。
「良いんじゃないか?
誰も捕まえようとしてなかったのを、君達に押し付けるんだし。
上等な馬と馬車の一つくらい与えたって。
文句は出ても、反対する者はいまい。」
(確かに助かるんだが・・・、良いのか?)
リュウは馬車を眺めながら考え込む。
(確かに移動スピードが上がるのは嬉しい。
移動に疲れることも減る。
雨の日なんて大助かり。
荷物も俺が背負う必要なんて無くなるし。
うわ、良いこと尽くめ。)
感極まって思わずシェラの手を握る。
「すっごく助かる。ありがとう!」
「や、あ、うん。どう致しまして。」
顔を紅潮させて俯くシェラにコトノとヒカルが盛大に舌打ちをする。
「まあ、離れて。
ところで、誰も捕まえようとしないって本当ですか?」
レオナが間に入りながら、シェラに尋ねる。
「うむ、大臣も被害にあっている筈なんだが、
捕まえることを皆渋ってな。」
(どういうことかしら。)
馬車の内部を見ていたコトノが首を傾げる。
(罪人を捕まえない。
そのくせ他国から来た勇者に捕縛、もしくは退治を命ずる。
さらには気前の良い賢者。)
リュウの前で頬を赤くしているシェラへの視線が知らず強くなる。
(まあ、この人に関してはリュウが絡んでいるのもあると思うけど。
今一つ信用ならない国ね。)
嬉々として荷物を積み込むリュウを尻目にコトノは溜息を吐く。
そのコトノにシェラは近寄ってきた。
「・・・どうかした?」
「いいえ。アリアハンだと考えられないくらい破格な扱いで戸惑っていまして。」
「そう・・・なのか?」
「どうして、こう扱いを良くして頂けるんです?」
「馬車一台くらい、難しくないと思うが?」
「うちの賢者はケチなんですよ。」
コトノは溜息を吐く。
ぼんやりと空を眺めながら、上司のアホ面を思い浮かべる。
(良く考えてみれば、あのアホ無事なのかしら。)
「ヴァイってそんなにケチだっけ?」
「・・・ケチじゃなかったんですか?」
「うーん・・・。
大抵の場合は気前良かったぞ?」
「うそっ!?」
信じられない言葉にコトノは耳を疑う。
「そんな馬鹿な・・・。」
「いや、うん。
そこまで青褪めたり震えたりするほど驚くことじゃないと思うぞ。」
シェラの苦笑すら目に入らないのか、コトノはぶつぶつ呟いている。
「・・・おそらくだが。」
コトノのあまりの困惑ぶりにシェラは微笑む。
「ああいった輩は、心から気を許した人間以外の前では体裁を整えたがると思う。」
「・・・は?」
シェラの言葉がコトノの鼓膜を震わせて脳に達し、
その意味を理解させるのに数秒を要した。
「・・・よほど気を許していたのだろうな。」
続くシェラの言葉に、コトノは眉どころか顔全体を顰めた。
(その凄い勘違いは、非常に困る。)
コトノはシェラの脳内に出来上がっているだろう、
忌むべき妄想を解くための言葉を全力で捜した。
だが、顔をわずかとは言え赤くさせたコトノの負けは決まっていた。
シェラは必死に悩むコトノに微笑を向けている。
(うわ、むかつくー・・・。)
だが、シェラの表情はすぐに暗いものとなった。
(ん?)
「なるほどな。納得がいったよ。
君を逃がすためだったんだろう。」
「何の事?」
沈痛な面持ちで話すシェラに訝しげな視線を向ける。
「・・・聞いて、ない?」
「だから何が。」
(違う、あたし、何の事か予想ついている。)
コトノは苛立たしく頭を掻く。
シェラは口に手を当て、考え込む。
「まいったなぁ・・・、
リュウ君に言っておいたから伝わってると思ったんだけどな・・・。」
(リュウが隠し事する時は、本人に伝わるのが不味い時。)
コトノは俄かに震える手でシェラの肩を掴む。
「教えて。」
「いや、その。」
「ヴァイでしょ?」
「え。」
「何があったの?」
真剣な目のコトノに、シェラは考え込み、悩み、落ち込み、溜息をついた。
「・・・レーベ東。」
シェラは、まず本題から入らず、被害の報告から始めた。
「レーベから東に直径5kmのクレータが生じた。
原因は、ヴァイの禁呪と思われる。」
(なるほど、やはりあの地響きはそれか。)
誘いの洞窟の事を思い出す。
(あの金髪の言葉。)
『術者は無事ではない。』
コトノは知らず、自分の胸元を掴んでいた。
「レーベの村、及び農地に被害は無し。」
シェラは言葉を選ぶようにコトノを見る。
「・・・アークマージは?」
「術者の言葉が正しいなら、頭部、胸部、及び右腕以外は吹き飛んだそうだ。」
(術者・・・。)
術者とはつまりヴァイの事である。
ヴァイ自身が言葉にしたという事は、
(なんだ、無事なんじゃない。)
俄かに安堵した表情がコトノの顔に浮かぶ。
そのコトノの顔を見て、対照的に重い表情のシェラ。
(・・・?)
「術者:ヴァイは、術の施工後に駆けつけた騎士により保護。
手短に、事のあらましを伝え、ロマリア国に伝令を放つように命令。
旅立った勇者一行に言伝を遺して。」
コトノの眉が顰められる。
何かおかしい。
保護?
あの男が誰かに自分の出来ることを頼む?
おかしい。
「賢者自身に怪我とかは・・・?」
コトノの質問に、シェラは一瞬口を詰まらせる。
「・・・全身あらゆるところに裂傷。
また、拳大の傷が腹部に3つ。
うち1つが貫通。
失血死寸前で発見。
出血の影響か、禁呪の影響かはわからないが、
意識のある段階で、右半身が完全に麻痺していたそうだ。
奇跡的に死ぬことは免れたが。
医者の見立てだと、」
シェラが目を逸らす。
「・・・再び目が覚めることは皆無と思っていいそうだ。」


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