蒸気が鍛冶場内に一気に広がる。
「・・・よしっ。」 
出来上がった剣身を見て少年が会心の笑みを浮かべる。
「どう?親方。」 
後ろから近付いてきた大男に聞く。
「まだ磨いてもいねぇ銘も切ってねぇ。そんなもんに俺が評価するとおもうか?」 
髭面を愉快そうに歪めながら男は笑う。 
少年は不服そうに研ぎの準備をする。
「普通職人だったら焼入れした段階で、剣の良し悪しって分かるんじゃないの?」
「あほ。俺くらいになったら鍛錬の段階で分かるんだよ。」
「じゃあ、コレは?」 
鼻を鳴らす。
「メタルスライムくらいなら一刀両断できんじゃねぇか?」 
少年の研ぎの作業がピタリと止まる。
後で束ねた長い髪が僅かに揺れる。
「・・・それって凄くない?」
「作業を止めんなよ。・・・いや、まあ実際まぐれにしちゃ上出来だわな。」 
懐から酒瓶を出し、一口飲む。
「とりあえずは、合格だ。」
「しごとちゅー。」 
少年が羨ましそうに注意する。
「うるせえ。弟子が一人で一仕事出来る様になった時くらい飲ませろい。」
「むう。まあ良いけどさ。ところで銘はどうしよう?」 
目釘の穴を開けながら尋ねる。
「お前が作ったんだ、お前が決めろよ。」
「と言われても。」
「別に造・リュウとでも打っとけよ。多分お前以外見る奴いないし。」 
少年‐リュウは、芸が無いと笑った。 
だがそれ以外思い浮かばなかったのか、そのまま銘を刻んだ。
「そういや、この剣の名前って何?」
「あん?・・・そういやそうだな。」 
2本目の酒瓶を開けながら親方は考え込む。 
通常、武具の名前はその武器の材質と形状、特徴などで決まる。 
例を挙げるならば『銅の剣』『ヒノキの棒』などなど。 
本来ならば考えるまでも無く、その通例に従うはずなのだが、
今回は親方が何処からか持ってきた謎の材料を原料としたため、命名に迷っていたのだ。
「材質教えてくれたらそれにするけど。」 
前もって用意しておいた柄と合わせ目釘を打ち込む。
「あー・・・。材質は言えねぇ。」 
急に態度が憮然としたものに変わる。
「なんでっ?」
「なしてもだ。」
「・・・何使わせたんだよ。」
「言えんもんは言えん。別に名前なんて必要ねえよ。
それもリュウの剣とでも言っとけや。」 
「んな、無茶苦茶な。」
柄を取り付け、振ってみて感触を確かめる。 
眉が顰められているのは使われている材料が余りに不審だからだろう。 
だが剣の出来は素晴らしいものだと確信していた。
おそらくこれを超える剣などそう出来はしない。
誇張抜きにそう思えた。
実際剣身は恐ろしいほど美しく輝いている。
炉の火に照らされて時に青く、時に赤く煌く。
重心や、自分の体格と合致しているかを確かめるために軽く振っていたが、
徐々に自らの手で生んだ剣に惹かれるように真剣な素振りに変わっていく。
空気を切り裂く音をさせずに、大気を断つ。
そんな不思議な感覚がリュウの手に伝わる。
その弟子の素振りの様子を後で見つめる。
――ふん。流石にありえないもんが原料だと、出来た剣もありえねぇや。 
輝きと音だけで、リュウの剣が特殊であると理解する。
――さて、あとは振るう奴の腕だが。
中身が2/3以上残った瓶を、
こちらに背を向け素振りに没頭しているリュウに無造作に投げつける。 
音で判断したのかリュウは素振りを止め、
振り返らないまま剣を構える。 
そして光りが静かに真一文字に奔る。

静寂。
「・・・。」
「・・・やっぱり、ありえんわさ。」
ずぶ濡れになった弟子を見て溜息を吐く。
「切れ味を見たかったんだが。」 
全身からアルコール臭を漂わせるリュウの足元に落ちた瓶を拾う。
(――固定されてない瓶を割らずに斬るってか・・・。)
「そして、気配を察知して格好付けてみたのは良いが、読みが甘く酒まみれな持ち主、と。」 
やれやれと溜息を吐く。
「うるさい!てか何で中身の入った方を投げるっ?」 
眉を吊り上げ抗議するリュウにまたも酒瓶を投げつける。 
今度は切らずに手で受け止める。
「その方がおもしろいと思ったからだ。」
無駄に胸を張り威張る。
「で、建前はこれから凶暴な魔物が溢れる国外に出るというのに、
瞬時に状況把握が出来ないようでは、死にに行くようなものだと教えようかって。」
「本音を先に言うな、ダメ親父。」 
酒瓶と剣を親方に渡し、戸棚からタオルを取り出して髪を拭く。
「何にしても造剣の技術に関しては、文句はねえよ。」
あとはお前の剣技だけだ、そう言い笑う。
「さいですか・・・。」 
げんなりした表情を浮かべ、濡れた服を指でつまむ。 
急いで帰り、着替えなければ酔っ払いそうである。
「ま、何とか完成してよかったよ。」 
親方の方に顔を向け、微笑む。 
苦笑混じりなのは濡れた服の所為だろうか。
「んで、いつだ?」 
鞘に剣を納めながらリュウに尋ねる。
「再来週。」 
濡れた服はそのままに、店に出す武具をチェックしながら答える。
「そうか。んじゃ後で配達行って来てくれや。」
「どこ?」
「城とレーベ。」
「・・・歩いて?」
「走って。」 
手に持っていた片手鍋を親方に投げつける。
「いや、流石に無理だろ。キメラの翼よこせよ。」
「んな25Gも無駄に出来るか。」
「往復でもねえのかっ!?」
「ルーラ便でも使え。」 
ルーラ便とは各都市・村にいる魔法使いがルーラで使い人を運ぶと行ったものである。 
術者のレベルが低いため術者が行った事の無い所はもちろん、
同伴者が行った事が無い場所へ向かう場合は使用できないという欠点があるものの、
歩いて行く時の時間や危険の軽減から、
またキメラの翼を使うよりは格段と安いため商人や政府の間で頻繁に使われる交通手段である。 
ちなみに片道5G。
「おら、きりきり準備しやがれ。」 
背中を蹴られながら、鍛冶場を追い出される。
「ちょっと待ってよ、交通費はっ?てか何持ってくんだよっ!」
「ヒカルに聞け!」 
そう言い残されて扉が閉まる。 
扉の前で、出来上がったばかりの己の剣とともに投げ出されたリュウが呆然と座り込む。 
時刻は午前八時。
小学校へ登校していく子供たちの無邪気な声がどこかから聞こえてくる。
その声が、扉を見つめながら呆ける自分を猛烈に惨めにさせる。
「・・・ったく、いい加減だなー。」
数十秒経って、溜息を吐きながら頭を振る。
「・・・とりあえず。」 
立ち上がり、剣を腰に差して一人ごちる。
(独り言でも言わないと、やるせないし。) 
深呼吸をし、気持ちを落ち着かせる。
(・・・よし。) 
そして、おそらく宅配物が置いてあるはずである、武器屋に足を向け歩き出した。

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