武器屋・虎。
リュウはジパング文字で書かれた看板を見上げる。
(相変わらず読めん。)
記号にしか見えない。
共用語とは違い、発音を表すより文字自身に意味があるそうだが。
(異文化だねぇ。)
いつも通り、しみじみと文化の違いを考えながら店に入ろうとする。
ドアを開けると小柄な少女がカウンターの掃除をしていた。
「あ、すいません。まだ開店してない・・・ってリュウだ。」
「おう。おはよ、ヒカル。」
ヒカルは挨拶を返しながら微笑む。
「剣製終わったの?」
「ああ、今日の分は作っといた。」
「・・・持って来てないの?」
「ぐっ・・・。」
朝早くに郊外の鍛冶場にて前日までに売れて減った分の武器や包丁・鍋や鎌などの雑貨を造り、
中心街に位置する武器屋に運んでくる。
あとは任意に店番、配達をする。
それがリュウの主な仕事である。
「その仕事を忘れちゃねぇ。」
カウンターに肘をつき小馬鹿にした眼で見られ、拳を人知れず握るリュウ。
(・・・この父娘はぁっ・・・!)
「いや、親方にさ。いきなり、」
「あ。リュウ!」
怒りをこめかみに浮かべ、だが顔に笑みを貼りつかせながら
事実を語ろうとするリュウを遮り、ヒカルは近づいてくる。
「え、え?」
「掃除してる時にすっごく困ったんだけどさ。」
そうリュウに有無を言わさず、手を引いてカウンターの奥まで連行する。
「これ、何か聞いてない?」
「・・・・・・。」
連れて行かれた先で見た物体を見て絶句する。
「ヒ、ヒカルさん?」
「えーっとね。銅の剣が70振り。」
かなりの重量だ。
「朝店に来たら、積んであったんだけど・・・。」
ヒカルは不安げにこちらを見る。
(あー、何か妙にショックを受けてる自分がいる。)
リュウは眩暈を覚えながらも商品をチェックする自分を心の中で褒める。
「何なんだろ?」
「あー。多分、城に持っていく配達品だ・・・。」
「はいっ!?」
ヒカルはその言葉に、大きな目をさらに見開く。
「お城まで持ってくの・・・?」
「うん・・・。」
「何かセールでもするのかと思ってたよ・・・。」
現に今アリアハン王国には数々の冒険者が集まってきている。
それというのも、数日後に世界に名を轟かせた勇者の2代目が
世界平和という大義名分の下にアリアハン国から旅立つ。
その話を聞きつけた耳の良い者達が、同行し、あわよくば名声を得ようと
アリアハンに集まって来ているのだ。
「まあ、最近売れ行きが良いからね。」
「うちの武器は並じゃないしね。」
実力云々は別として、勇者に随伴する以上、装備もいっぱしの物にしようと良品を求め、
武器屋・虎の門を潜る者が絶えない。
主人・ゴロウの腕は刀剣の類を造らせたら、アリアハン国内には右に出る者はいなく、
いたとしても左に随分と離れたところに人影が見えるくらいの腕と評されている。
ただ本人曰く、アリアハン一ではなく、世界一らしいが。
余談だがゴロウ自身剣を打つよりも、日用品を作る方が好きなため、武器屋に陳列される商品が、
剣より鍋・雑貨の方が多いということは来店したもの以外には知られていない。
「だからって、ここまで大量受注せんでも・・・。」
個人の店で出すには相当な量の銅の剣を見て呻く。
「これを修練場まで運べと言うか、親方・・・。」
リュウが殺気を浮かべながら呟く。
その姿に少し怯えながらヒカルが近寄ってくる。
「て、手伝う?」
「んー・・・。いや、一人で頑張る。」
消沈しながら答える。
カウンターから椅子を持ってきて、銅の剣を一振りずつチェックする。
「どう?」
同じように横に座り見ていたヒカルが心配そうに声を掛ける。
「うん、鋳型だけど、一本一本きちんと砥いである。手抜きとかはないみたい。」
深い溜息を吐くヒカル。
「よかったー。」
アリアハン随一の腕を持つ名匠は、どうやら娘にはまったく信用されていないらしい。
「・・・でも、いつの間に用意しやがったんだ?あのおっさん。」
「確実に昨日寝る前には無かったよ?」
「鍛冶場にも、材料はあったが、ストックは一本も無かったぞ?」
「と言いますと、あたしが寝てから起きるまでの間に?」
「いや、もっと早い。俺が鍛冶場に行ったときにはもう終わってた事になる。」
「五時前だよね。・・・昨夜も大酒飲んで酔い潰れてたよ?」
「そして更に恐ろしいことにだ。この剣造る準備も済んでたんだぞ?」
時間的に空きがあるのは午後十一時から鍛冶場での仕事を始める午前五時までの間だ。
その間に、睡眠を取り、かつ70もの剣を造り、作刀準備も終えたということになる。
「・・・みすてりー。」
「たまに、お父さんが只のアホなのか凄い人なのかわかんなくなる・・・。」
二人は不可解な現象に頭を悩ませる。
「あ、そういえばもう一件ない?」
しばらく眉を寄せて沈黙していたヒカルに尋ねる。
「どんなのかわかる?」
「城とレーベ行けって言われたから、多分レーベ用の送品だと思う。」
「えーっと・・・。」
顎に指を当てて考え込む。
「あ、レイちゃんから頼まれてた園芸品が少しあったよ。」
「園芸品って?」
「根切りとか鎌とか。」
「そっちは重たくはないか・・・。」
安堵する。
いったい今日は起きてから何度溜息を吐いたことか。
「よし、まだ体力あるうちに行って来ますか。」
「いっつも悪いねー。」
眉をハの字にして申し訳なそうにヒカルが謝る。
「ヒカルは店番しなきゃならないんだし、それは言わないお約束。」
そう言い、登城の支度を始める。
「さて、正装する必要あるかな?」
自分の服を摘みながらヒカルに聞く。
「単なる配達なんだし、いいんじゃない?・・・でも。」
ヒカルがリュウの傍に寄って服に顔を押し付ける。
「んー・・・、やっぱりだ。」
「な、なにが?」
「お酒臭い・・・。」
服に押し付くというより、リュウに抱きついていたヒカルがそのままの姿勢で言う。
そして暫くそうしていたかと思うと、突然勢いよく顔を上げる。
「・・・仕事中に飲んだかっ!小童がっ!」
「なんで言葉使いが古めかしいっ?」
突如、激昂するヒカルに突っ込みを入れるリュウだが、
何故か足を払われ押し倒される。
そしてヒカルがリュウの上に馬乗りになる。
「な、何をなさりますか?」
ヒカルが鼻で笑う。
そして邪悪に微笑み命令を告げる。
「脱げ。」
「は?」
「さあ脱げ、即脱げ、今すぐ脱げっ!」
「あんですとっ?」
驚くリュウ。 気にせず圧し掛かるヒカル。
そして、リュウのシャツのボタンに手をかける。
「ちょっ!待て!何故に脱がすっ?」
「洗うに決まってるんでしょっ!」
「やめんかっ!」
「朝っぱらから酒の匂い振り撒かすなんて、
おねいちゃんはそんな子に育てた覚えはありませんっ!」
「育てられた覚えがねぇっ!そして誰がおねいちゃんだっ!」
「あたしだっ!」
「俺より誕生日後だろっ!」
「精神年齢っ!」
「もっと否定してやるわっ!」
「んじゃ見た目!」
「・・・。」
「・・・。」
停止する空間。
広がる静寂。
「・・・この沈黙は何かな?」
「さあ、とりあえず鏡を見たら原因がわかるかもねっ。」
リュウの唇が歪む。
リュウの身長は160代後半。ヒカルの身長は130代前半。
遠方から来た客などに何度兄妹に間違われたことか。
色々思い出すことでもあったのか、ヒカルは顔を真っ赤にし、ぷるぷる震えている。
そしてリュウはその様子を見て微笑みを浮かべている。
そのリュウの微笑にヒカルがキレた。
「ああもう、うっさい!洗うから脱げ。」
「全力を持って拒否して拒絶だっ、ボケッ! てか洗ったら乾くまで俺にどうしろと言う?」
「裸で。」
ヒカルは、『セクシーっ』と口笛を吹き笑った。
「なめんなっ!」
「ってか着替え奥にあるでしょ。」
鍛冶場で炉に火を入れるとそこは灼熱と化す。
そんな場所に数時間も詰めているのだ。
当然、汗を猛烈にかく。
「そんな訳で一週間くらい前に持ってきてたじゃん。」
「そういえば。」
リュウは、服を脱がしに掛かるヒカルの手を抑えるのも忘れ納得する。
「そんな訳で安心した?」
ヒカルがにっこり微笑むと手の動きが速度を増す。
「え、いや、ちょっと!」
幾多のフェイントを織り交ぜながら衣服を脱がそうとしていく。
(くっ!速い!・・・いや、落ち着け。フェイントは所詮フェイント。
落ち着いて本命の攻撃を見極めれば・・・。)
ヒカルの攻撃を見極めようと眼を光らせる。
(お、落ち着いて見極めれ・・・。)
だが、あまりの手数の多さにリュウは対応しきれず、ヒカルの侵食に抗いきれない。
「ふ。」
ヒカルがニヤリと唇を歪める。
「馬鹿ねぇ・・・、あたしの素早さの前に抗えるとでも?」
(速すぎ・・・、封じ切れな・・・!)
そしてシャツのボタンを全て外し、襟首を掴む。
「もらった!」
ヒカルの叫びとともに、すばやく二の腕まで脱がされる。
その為、リュウの腕の動きは封じられた。
(しまったあっ!)
リュウの顔に悲壮感が浮かぶ。
「諦めなさいっ!」
「・・・ぃいやあぁああああぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・ッ!」
リュウの悲鳴が武器屋に響き渡る。
ヒカルの笑い声も微かに混ざっていたのは空耳であろう。
残ったものは、頬を高潮させてリュウの衣服を抱えてにやりと笑うヒカルと、
何故か胸を押さえてすんすんと泣く下着姿のリュウだった。
後で束ねていた髪も解けて絶妙に色気がある。
「うぅ・・・、お婿にいけな「半裸で変な事言ってないで、とっとと着替えて来なさいっ!」
リュウの言葉を遮り、カウンターの奥を指差すヒカル。
力なく返事をし、項垂れながら従うリュウ。
(・・・今日は厄日だ。)
奥の間で、もそもそと服を着る。
(まだ10時だよな、俺。どうするよ、俺。この調子だとまだまだ変な事起きそうだね、俺?)
多少混乱気味に自問自答(?)しながら、眉をハの字にして力なく笑う。
「・・・まぁ。」
長髪を首の後ろで纏めながら呟く。
「いつものことなんですけどね。」
軽く口に笑みを浮かべる。
いつも通りの無茶苦茶な扱い。
いつも通りの怒りの反論とつっこみ。
そして却下。
「これが嫌じゃないから始末に負えない。」
むしろ好ましいと、そう思う。
(俺ってMなのか・・・?)
ふっと情けなく笑う。
「さて、とっとと城行ってレーベに行きますか。」
リュウは拳を握り気合を入れた。


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