「あー・・・。」
濃紺のローブを纏った少女が半眼で呻く。
「何それ?」
「配達品だ。」
びっしりと額に汗を浮かべながらリュウが短く答える。
「配達品って・・・。」
少女はリュウの背後を見て絶句する。
その視線はリュウの背よりもかなり上の方に向けられている。
「配達品だ。」
再度、短く答えるリュウのその背中には先ほどの山のような銅の剣が束になって背負われていた。
「えーっと、いくつか質問があります。」
少女は暫しの困惑の後に、とりあえず手を挙げて尋ねることにした。
「どーぞ。」
「幾つあるのよ・・・?」
「銅の剣七〇振り・鞘付き+α。」
「どうして直に背負ってるわけ?」
「親方が台車を占領してやがってな。」
「確か2台なかったっけ?」
「一台は親方が酔って暴れて破壊して修理中。
んで残った一台を使おうと思ったら、
なんか大量の鉄の塊とか謎の物体を積んでいやがってな。」
「そ、そう・・・。」
憐憫の眼差しで呟く。
「ま、まあ。こんなとこで立ち止まってても辛そうだし、行かない?」
「おう・・・。」
止まっているだけで汗の量が増えていくリュウを促し城へ向かう橋を渡る。
すれ違う人たちがリュウを見て驚きの表情を見せる。
(いや、当たり前よね・・・。)
「んで。コトノよ。」
ぼうっとリュウを見ていた少女―コトノにリュウが声を掛ける。
「えっ。何?」
「コトは何しに城に?」
「決まってるでしょ。あたし宮廷魔術師だよ。」
手に持った書類をリュウに見せる。
恐らく新しい法案か何かの草案を写したものだろう。
「宮廷魔術師の見習いな。」
滝のような汗を流しながらも意地悪な笑顔を浮かべる。
リュウの言葉に鼻を鳴らせて、そっぽを向く。
「して、それは何?」
「あぁ、これ?」
書類の束を振る。
「なんかね、法案っていうか、御触れに近いものね。
要約するとレーベの東側で不穏な動き在りってとこね。
これはその事を各局に伝える原稿の下書きの写し。」
新人のペーペーは辛いわ、と言いながら笑う。
「まぁ、どこも新人はそんなもんだわな。」
背より圧し掛かり押し潰そうとしてくる重さを感じながらリュウも嘆息する。
「しかし、不穏な動きって?」
「あ、うん。よく分からないけど。レーベの詰所からそんな情報があったみたいでさ。」
「ふーん・・・。」
「詳しい事とか知りたいんだけど、何かと忙しくてさ。」
「あとでレーベに行くから、そん時聞いてこようか?」
「うん?何しに行くの?」
「こいつを教会までな。」
そう言い腰に括りつけた皮袋を見せる。
コトノはその袋を触りながら中身を探る。
「・・・農作業用品?」
「みたいだな。」
リュウは力なく溜息を吐く。
「レイも人使い荒いね?」
「お前等全員揃いも揃ってな。」
「あたしも含んでる?」
「当然だ。毎度毎度登城するたびに雑用させやがって。」
「今回も頼むつもりだけど。」
コトノは当然と言った顔でリュウに答える。
リュウは無言で路傍の石をコトノに向かって蹴る。
「あはははは。しっかし何に使うんだろね?その剣の山。」
笑いながら数歩前を逃げるコトノ。
「何か聞いてない?宮廷魔術師殿。」
「いや、何も。強いて言うなら最近やけに兵隊さん気合入ってるくらいかなー。」
「んー。じゃ、さっきのレーベ東の事に関係してるんかね?」
「うーん。調べとく?」
「気が向いたら頼むよ。」
「おけー。」
そうこう話をしている内に城門前に着く。
「ちわーっす。武器屋の虎っす。」
リュウが営業用のスマイルで門番の兵士に向かう。
「商品の納品に来ましたー。」
「ご苦労さまです。話には聞いてますけど、重たいでしょう。」
「それはもう。」
汗まみれの笑顔の中に軽く怒気が含まれているのをコトノは見逃さなかった。
「修練場まで持っていくようにと言われていますので、お願いします。」
「はい。」
「城内は自由に行き来して構いませんので。」
「いえ、必要以外は移動しませんので大丈夫です。」
「そうですか。ではお気をつけて。」
兵士はそう言い門を開ける。
「コトノさんは今から仕事かい?」
リュウの後を追いて行くコトノに兵士が声を掛ける。
「ええ。書類を写す作業に手間取ってしまって遅くなっちゃって。
でもちゃんと遅くなることについては賢者様の許しは得てますので大丈夫です。」
そう早口で言い残し、急いでリュウの後に続く。
後には所在無く取り残された門番が残った。
「・・・コトノ?」
しばらく歩いてからリュウが心配そうに口を開く。
「時間大丈夫なのか?」
「ああ、さっきの?」
コトノは笑顔で返す。
「ちゃんとヴァイ様には昨日のうちから遅れてることは言ってるし。
今日は本当は昼からで良かったんだ。」
「でも、なんか城に入ってから、すっごい不機嫌そうにしてるんですけど。」
事実、コトノはポニーテールにした長い髪の毛を指先で弄りながら今まで歩いてきていた。
コトノの機嫌が悪いときの癖である。
「あの番兵が嫌なだけよ。」
再度髪の束を弄りながら唇を尖らせる。
「さっきも、あたかも『遅刻したでしょー。』的な発言?事ある毎にあんな風に嫌味ったらしく・・・。
あー腹立つッ!」
リュウは苦笑しながら背中の荷物を背負いなおす。
「大丈夫?少し休憩したら?」
「城内の真ん中で座り込むってのもね。」
「それもそうだけど、汗酷いよ?」
恐らくリュウのシャツを絞れば水溜りが出来るだろう。
「大丈夫。今日は朝からこんな調子だし。」
リュウは苦笑する。
「ヒカルもおじさんも相変わらずなのね・・・。」
「それよりもコトノは行かなくても良いの?」
「あ、うん。さっきも言ったけど昼からで良いから。」
「俺のことは大丈夫。もうちょいだし。書類の提出って早い方がいいんでしょ?」
「まぁ・・・、そうだけど。」
コトノは心配そうにリュウの背中の荷物を見る。
「・・・ホントに大丈夫なの?」
「うん。あ、終わったら寄ってくから何か冷たいもんとか飲みたいんで宜しく。
魔術師の宮だろ?」
リュウが笑顔で親指を立てた拳をコトノに向ける。
「うーん、分かったけど。倒れるんじゃないわよ?」
「まーっかして。」
「私いなかった時は中の人にでも聞いてよ。」
「うーい。」
「んじゃ、行くわ。残り少しファイト。」
「ふぁいとっ。」
リュウは心配そうに振り返るコトノを、手を振って送る。
早足で奥に進んでいくコトノが見えなくなるまで見送った後、もう一度荷物を背負い直す。
(・・・あー、しんど。)
重たくなった足を頑張って動かす。
肉体的疲労の限界が近くなっているのであと少しの距離がどうしようもなく辛い。
(そうだ。兵士か誰か出てきたら、そいつに持たせよう。例え将軍であっても持たせる。絶対持たせる。)
ふと思いついた考えに、眼に怪しい光と危険な笑みを浮かべる。
思考が危なくなってきたので頭を振って落ち着いてみる。
そして、一歩ずつ歩みを進める。
「レーベの東・・・、何かあったっけ?」
小さな祠と洞窟があるだけのその地域に不穏な材料などないように思える。
「行けば分かるか。
にしても、まさか誰も通り掛からないとは・・・。」
呟き、目の前に見える扉を開く。
「・・・。長かった。」
扉を開いた先には兵士たちが隊長の掛け声に合わせて木剣を振るっていた。
号令を送っていた隊長がリュウに気付く。
その隊長に半ば引き攣った笑みを浮かべてリュウは口を開く。
「・・・まいど。銅の剣持って来ました。」
もはや営業スマイルを作ることも適わないが、商品を乱雑に扱うこと、客に対して憮然とすることは、
武器屋の性のためか出来ず、群がってくる兵士に無理やり作った笑顔で一本ずつ剣を手渡す。
武器を渡している最中、隊長が何やら話しかけてくるのだが、 リュウは疲労のため頭の中に入らなく、
ただ生返事を返すことしか出来ない。
そんな様子を見て隊長が何か企んでいるような顔を浮かべているのは気のせいか。
(とりあえずだ。)
リュウは頭の隅で何か引っ掛かる物を感じながらも、 隊長から代金を受け取り、
朦朧とする意識の中で呟く。
(苦行は終わった。)
「まいどありがとうございましたー。またのごりようをー。」
辛うじて営業スマイルを浮かべて修練場を後にする。
(さあ、コトノの所に休みに行こう。)
―――番兵にゃ、寄り道しないって言ったけど、
「次の仕事は少しくらい後回しにしたって平気だ。てかやってらんねー。」
そう呟き、魔術師の宮に向かった。