「コトノ?ああ、連行された。」
リュウが宮に行くと、中で作業していた魔術師が溜息混じりに言った。
「えー・・・。」
「まぁ、多分賢者様の室にいるとは思うけど。一応行ってみれば?」
魔術師は振り返ることなく書物を複写しながら手を振る。
(邪魔すんなってか。)
出て行け、暗にそう言われた事に眉を顰めながらも
反抗する理由がないのでリュウは賢者の室に向かった。
―――賢者の室。
その名の通り、賢者の部屋であり、アリアハンで唯一人の賢者の専用室である。
コトノはこの賢者の下で、政策の立案や魔導研究の補助をしている。
(・・・らしい。)
勝手知ったるアリアハン城。
リュウは歩みを進めながらコトノが連れ去られたという賢者の室とその住人を思い浮かべる。
(アリアハンを含めた世界7カ国に一人ずつ配置されている賢者。
ランシール・ダーマにいる賢者と合わせて14賢者と呼ばれる、
最高の頭脳と魔力を有する者たちの一人。)
「最高の頭脳と魔力ってのは分かるけど・・・。」
他国でもほとんどそうであるように賢者はその卓越した知識により、
魔術の研究は元より政治についても活躍している。
そしてアリアハンの賢者は宰相として内政、外政に尽力し国を支えている。
(力を尽くしては・・・、いないよな。)
彼の傍若無人ぶりを思い返して悩む。
だが、彼の功績により国内の景気は良好である。
(能が有り余る鷹が爪を隠したまま獲物を突き破るが如くなんだよな・・・。)
とにかく無茶苦茶な賢者である。
彼の談によると、他の賢者も似たようなものだと教えてくれたことがあった。
賢者となるのに性格は関係しないのかと彼の奇異な行動の度にリュウは常に天を仰いだ。
そんな様子を見て彼は無邪気な笑顔でこう言った。
『天才と馬鹿は細胞膜一枚の差しかないんだよー。』
『透過できんじゃねえかよ。』
そんな阿呆の下、修行するコトノ。
彼女も彼に影響され、徐々に目立った行動が増えてきている。
(そして、その被害のほとんどが俺に降りかかる、と)
頭痛がしてきたので考えるのを止め、黙々と歩みを進める。
そして、賢者の室の前に立つ。
(このまま、すんなりと茶飲んで帰れたならなぁ。)
途方もなく希望に満ちた期待を胸にドアをノックする。
(無理だろうなぁ。)
「はいってまーす!」
明るい若い男の声が返ってくる。
(トイレじゃねえんだし。)
「リュウです。入りますよ?」
「ああ、うん。入って入ってー。」
リュウは苦笑しながらドアノブを捻る。
そして大いに戸惑う。
何故ならば、ドアを開けたすぐそこに男が立っていたからである。
「やあ。」
アリアハン唯一の賢者にして国政を取り仕切る14賢者の一人、ヴァイであった。
指先を軽く曲げた独特なピースサインで迎えられる。
「なにしてんすか?」
「待ってたんだよ。」
「いや、来ないかもしれないじゃないすか。」
「そのためにコトを拉致。餌だね。」
「いやいやいやいやいや。」
「そして釣られたリュウ。」
「うっさい。」
「ちなみに連行してきたコトノは奥でお茶淹れ要員。」
(んー、まだ普通か。)
コトノの扱いにひとまず安堵する。
「ただしメイド服着用。」
「なにをさせてるんですか。」
「しかもアダルチックなメイドさん仕様。」
「なにさせてるんですかっ!!」
「えー、胸元を強調したデザインとチラリズムを追求したスカートの絶妙な丈がポイントなのに。」
「どこの助平オヤジですかっ!!」
「下着までメイド服に合わせ徹底させる僕のプロ意識?」
「死ねっ、死んでしまえ!そして誰だっ、誰に尋ねているっ!?てか何のプロだっ!!」
「そして意外に乗り気なコトノ。」
「やほー。」
奥でトレイを胸元に抱え微笑んでいる。
「・・・おい。」
「ん?」
「そんなカッコして、うれしそうじゃねぇか。」
「え?あ、うん。可愛いっしょ。」
くるりと回転し制服を披露する。
リュウは頭を抱えて脱力する。
「どうしてこの人が国王の次に偉い人なんだろうなぁ・・・。」
「それは偏に僕の実力が高いからに他ならないね!」
「そしてどうしてこいつがその補佐なんかしてんだろうなぁ・・・。」
「それも偏にあたしの才能に期待されてるからに他ならないね!」
(害されている害されているコトすっごく害されている・・・!)
リュウは膝をついて嘆いてみる。
「いや、うん似たモン同士か。」
そう思い直し、気分を換える。
「うん、立ち直りが早くていいよー。」
「ああ、そっすか・・・。」
「まぁ冗談はこれくらいにして。」
くいっと眼鏡を押し上げたヴァイの口調が真面目になる。
「レーベに行くって?」
「はぁ・・・。配達で・・・。」
「ぶしつけで悪いんだけど、詰所の人に事情聞いてきて欲しいんだ。」
(さっきの不穏な動きって奴か?)
コトノが、リュウに事情を教えておいたとヴァイに伝えたのだろう。
「ええ・・・、いいっすけど。」
「うんー、すっごく助かる。」
そう微笑むとヴァイは、真面目な調子を崩し、冷茶の入ったグラスを傾ける。
「ところでレーベの東って何かあるんですか?」
リュウの分の飲み物を運んできたコトノがヴァイに尋ねる。
ひらひらと動くスカートがまったくもって眼の毒だ。
リュウの目線と戸惑いにヴァイだけが気付き、眼鏡の奥の瞳から笑みが見える。
「俺も聞きたいんですけどー・・・。」
そんなヴァイを半眼で睨みながらリュウも返答を促す。
「ほい。」
「だんけ。」
グラスを受け取り、コトノに軽く感謝の言葉をかけて一気に飲み干す。
「もっと味わえ。」
文句を言いながら一緒に持ってきたポットで、リュウのグラスにおかわりを注ぐ。
「んで、ヴァイさん。たしか祠と中途半端な洞穴があるはずじゃ?」
リュウの問い掛けにヴァイは視線を外に向け悩む素振りを見せる。
「まだ推測の域を出なくてねー。というか僕の勘といってもいい。」
だから話せる段階ではない、そうリュウ達に告げる。
「とにかく情報が欲しいんだよー。」
「自分で行くとか、コトノを使うとかは出来ないんですか?」
「手っ取り早いから、あたしもそうしたいんだけどね、今は無理なのよ。」
リュウの横に座りながらコトノが嘆息する。
「近々勇者さまが旅立ちやがるから、猫の手も借りたいほど忙しくてさ。」
「そんなに忙しいの?」
目を丸くするリュウにヴァイが指折り答える。
「まず、旅立ちの日の謁見の際の儀式の準備、旅立ちの際に与える支度金とかとか、
勇者の仲間候補の手配とか・・・。」
「一人で行っちゃダメなの?」
ヴァイの言葉を遮りリュウが尋ねる。
「前勇者が一人旅の結果、志半ばで殉じちゃったからね。」
ヴァイが弱く微笑みながら答える。
「国を挙げて送り出す以上、続けて同じ失敗は他の国に、ね。」
「ふーん・・・。」
神妙な顔でリュウは呟く。
「・・・あと忙しいというと外交かね?」
「外交も必要なの?」
「勇者が旅立つって言っても、どこにも寄らずに目的地に向かうって訳じゃないでしょ。
それにどこかの領地を勝手に通って問題になるってのも鬱陶しいだろうし。
他国に着いたときに悪いようにならないように根回しはしなきゃね。」
「あと援助以外には緘口令ね?」
ヴァイの言葉に続いてコトノが指折り話す。
「口止めも?」
「偽者が出て変な事したりしたら面倒でしょ。」
「脅威である魔物を討伐する、一国を挙げてやってきた勇者だったら
普通の市民は手放しで歓迎するもんだからね。」
「だから必ず出てくる便乗する輩を減らすって事で、勇者の情報は出来るだけ抑えるのよ。」
「まぁ、人の口に戸は立てられないんだけどね。少しは効果あるでしょ。」
「はー・・・、色々大変なんだ。」
リュウは目を丸くし感心する。
「まぁね、だから新人のあたしも大いに忙しいのよ。」
今は休憩中だけどね、と笑うコトノ。
「そんな訳で、いくら十四賢者の僕の言う事でもきちんとした根拠を示さなければ
誰も動いてくれないくらいに忙しいのさ。」 
苦笑しながらヴァイがグラスを空にする。
「さて、僕たちは仕事に戻るから。」
「えー。もう仕事ですか?」
コトノがあからさまに嫌な顔をする。
「忙しいって知ってるでしょー。」
「知らないふりしていいですか?」
「やってみろー。」
「あ、リュウ。この前ケーキ美味しい店見つけてさー。」
「本当にしましたか。」
「あっはっは。」
笑うコトノの声が短い悲鳴となり沈黙した。
「・・・あ。ヴァイさん?」
リュウの控えめな声が、鬼のような形相でコトノの首根っこを捕まえて部屋から出て行くヴァイを呼び止める。
「なんだい?」
「あの兵隊長さん、何か企んでません?」
先ほどの隊長の顔が気になったのだ。
ヴァイは暫し虚空を見たあと、にやりと笑う。
「知らないよ。」
「でも、あんなに新品の剣を購入するなんて・・・。」
「僕は何も知らないから、リュウに教えることは出来ない。」
ヴァイは明らかに嘘を吐いている顔で答える。
「でも、アリアハンが損をすることでは決してないから安心してよ。
どちらかと言えば楽しいことだよ、知らないけどねー。」
そう言い残し部屋を後にする。
「・・・・・・。」
(何企んでんだか。)
溜息を吐いて、腰を上げる。
(何だか知らんが、今は俺のすべき事をしなきゃ。)
リュウのすべき事――配達である。
ドアノブに手を掛け、力を入れようとしたその時、
「あ、忘れてた。」
コトノがドアを思い切り開く。
そしてそのまま部屋を覗き込む。
一方、リュウは開けようとしたドアが無くなったために、力の行き先を失いバランスを崩し前のめりになる。
そして。

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