「・・・あー、と。」
「・・・突然開けたあたしも悪いかしら?」
リュウは、真下から自分を見上げるコトノを眺めつつ意味のない言葉を発する。
「とりあえず謝るわ。ごめん。」
「うー、うむ。」
謝罪の言葉を発しているはずなのに、コトノから伝わる空気には怒り成分が多分に含まれていた。
(なんだ、このベタな展開はっ!?)
リュウが脂汗を背中にびっしりと浮かべ、心の中で神を呪う。
「それでそっちは言うことは?」
「そうだね、まぁ、なんというか。」
「うんうん。」
「また、おっきくなった?」
「ほう?」
怒気が殺気に変わる。
原因はリュウの右手。
コトノの左胸を押しつぶす、それの為に怒りのパラメータが上がっているようだ。
「・・・まあ、偶然としか言いようがないし。状況的にはノックしなかったあたしにも非があるから。」
笑顔を顔に、怒りをこめかみに浮かべてコトノが謝る。
突然ドアを開け勢いよく部屋に身を乗り出したコトノと、バランスを崩し前のめりになるリュウとでは、
コトノの方に勢いがあったが、体重と体格の差で結局はリュウの方が勝り、
コトノを下敷きにしてしまったようだ。
「・・・ん?体重差って・・・?」
リュウが何気に呟く。
その何気ない一言にコトノの眉が跳ね上がる。
「・・・なにか?」
「いや俺とお前ってそんなに・・・。」
突如リュウとコトノとの間の空気が変化する。
同時にコトノが静かに何かを呟き始める。
チリチリとした感覚。
肌を焼くような大気。
焼ける髪の臭い。
膨らむ不安。
(こ、これは・・・ッ!)
弾けるようにコトノの体から身を離す。
その刹那。
「イオッ!」
その小さな唇から発せられる咆哮。
放たれるコトノの魔法力。
空間の一点より広がる爆発。
(冗談っ!?)
慌ててリュウは顔を両手でガードする。
防御姿勢のままリュウの身体が浮く。
そして数メートル程後方に転がされる。
「うーん、まだまだね。」
寝た姿勢のままコトノが掌を見ながら呟く。
「・・・おい。」
「んー?」
「イオかよ。」
「うん、初めて使ってみた。」
笑顔でVサインを、壁に逆さになって押し付けられているリュウに向ける。
「殺す気かっ!」
慌ててコトノに詰め寄る。
「んー・・・。いや、怪我くらいするかなと思ったけど。」
「それでもダメだろ。」
「全然だわ。実戦じゃまったく持って使えないや。」
「ま、そうだわな。」
肩を回しながら自分の体の状態を確認する。
まったくもって怪我はない。
つまり殺傷力は皆無に等しい。
その上発動までにも時間が掛かっている。
戦闘中に呪文の詠唱を行えば、よほどの早口、集中力を持たない限り敵から攻撃を受けてしまう。
故に戦闘に魔法を使うならば発動呪のみで扱えるようにならなければならない。
「つーわけでスライムすら倒せんね、こりゃ。」
「るー。」
泣きまねをするコトノ。
「ま、いっか。ん。」
リュウに向かって手を伸ばす。
「・・・なんだよ?」
「起こして。」
「・・・・・・。」
眉間に皺を寄せながらコトノを起こす。
「あんがと。ってか本当に全くの無傷ねー。コトちゃんショックかも。」
「あのな。」
「まだまだレベル不足ー、力量不足ー。でも暴発しなかっただけ良いとするかな。」
「暴発の可能性もあったのかよ。んな危険な呪文を使うな。」
「あんたが変な事口走るからでしょ。」
「それは事実―…、いや何でもないです。」
掌に火球を作り出しているコトノを見て黙るリュウ。
「そう?遠慮なく言ってごらんなさいな。」
「いーえナンデモナイデス。ってか年頃の娘的に胸触られたことにも怒ろうよ。」
「んー、そっちはどうでもいいかも。」
「いいのかよ。」
「次からは金取るけど。」
「おい。」
「まあ、今度から互いに気をつけようということで、手打ち。」
「うい。」
お互いに肩をすくめて苦笑する。
「ところで、何の用事だ?」
リュウが服の埃を払いながら尋ねる。
「あ。」
服を正していたコトノが硬直する。
そして慌てて自分の体をパタパタと探る。
「何しとん?」
「えーっと、たしか・・・。あった!」
服の裏側から2枚の羽を取り出し安堵するコトノ。
「これ渡しに来たのよ。」
「キメラの翼?」
「うむ。ヴァイ様から。」
コトノが翼をリュウに向けて投げる。
「それは助かるけど。いいの?」
「レーベでこっちの用事やって貰うんだから交通費くらいは出そうって、
ヴァイ様が言ってさ。多分研究費から落とすし。」
「ふーん。ところで研究費っていうけど何研究してんだ?」
翼を一枚懐に入れながら、素朴な疑問をコトノに尋ねてみる。
「・・・。」
「コトノ?」
「てりゃー。」
「ごふっ!?」
一寸の沈黙の後コトノの拳がリュウの右頬にめり込む。
「なにしやがるっ!ぐふっ。」
コトノの拳は止まらない。
今度は右のショートアッパーがリュウの顎を跳ね上げる。
「とりゃー。」
連撃がリュウを沈黙させていく。
暫らく経って。
「ふう・・・。」
コトノは爽やかに汗を拭いながら息を吐く。
背後には憔悴しきったリュウが座り込んでいる。
「・・・。」
「と言うわけで。」
コトノは振り向く。
「国務秘密なんだから聞くな。」
腰に手を当て怒りながら指を突きつけた。
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