「・・・むう。」
コトノに突きつけられた指を眺めながらリュウは唸る。
「何か言いたいことでも?」
「いや、何故にどつく?」
「変な事聞くからっしょ。」
「ふーん・・・。」
ぐったりと座り込みながら、リュウは考え込む。
「ひょっとして、実は研究してない?」
「てい。」
今度は蹴られる。
「図星かよっ!」
「うっさい!ちゃんと色々やっとるわっ!」
赤面しながらリュウを踏み付ける。
「じゃあ、何やってるのか教えたっていいだろっ?」
「ひゃっ!」
自分の腹を踏むコトノの足を引っ張り倒す。
「なんの!」
「ぬお!?」
体勢を崩したコトノはそのままリュウにボディアタックを食らわせる。
その後、組んづ解れつと絡み合いながら口撃をしあう。
「あたしらが何の研究してようが問題ないっしょ!」
コトノがリュウの上に跨りながら怒鳴る。
「なら別に白状してもいいだろ!なんで言わないんだよ!」
リュウはコトノを見上げながら怒鳴り返す。
「言えないもんは言えないのよ!」
「だからなんでだよ!」
互いに胸倉を掴み合い、紅潮させた顔を接近させ唾を飛ばしあう。
「いーの!知る必要無いの!」
「なんで隠すんだよ!」
「国家秘密!」
「だからホントは何もしてないんだろって!」
「えーっとね。今は魔法錠について一応は研究はしてるね。」
「うわ!」
「ひゃっ!ヴ、ヴァイ様?」
突如上から掛けられた声に驚く二人。
「やあ。」
ヴァイは片手を挙げて気さくな笑顔で二人を見る。
だが、その言葉の友好さとは真逆に、瞳の奥には怒気がちらほらと見え隠れしている。
「あああ・・あ・あ・・・あ・・あ。」
その怒気を敏感に感じ取ったコトノは小刻みに震え始める。
「いやね。会議を始めようにもコトノが戻ってこない、
あまつさえ何故か僕の部屋から爆発音が聞こえたとかでね、
ちょっとそれなりに騒ぎになっててさ。」
顔を真っ青にしたコトノが恐怖からかリュウにしがみつく。
リュウにも恐怖が伝染し脅えている。
「リュウにせっかくだからとキメラの翼渡しに行ってもらったはずだけどなあ。」
ヴァイが眼鏡を指で押し上げながら部屋に一歩踏み込む。
それと併せるようにコトノとリュウは後退る。
「おかしいなぁ。僕の勘違いだったのかな?」
一歩進む。
進む毎に怒気は増し、それに合わせ魔力も洩れているかのようだ。
「すっごくとっても忙しいはずなのになぁ。」
一歩退く。
ヴァイから洩れ出る魔力と怒気が増していく為に、恐怖も増加されていく。
「どうしてココで乳繰り合っているのかなぁ・・・!」
リュウの背中が壁に当たる。
これ以上後退する事は出来ない。
暗い笑顔を浮かべて迫り来るヴァイ。
コトノは既に言葉も出ないらしく、口を開いたまま青褪めている。
「何をしているのかな君らは、たしか、忙しいって知ってるよね、さっき言ったよね、猫の手どころか一角ウサギの角すら借りたいって分かってるよね、スケジュール詰まりに詰まりきっているって分かっているよね、なによりレーベの事はもとよりサマンオサあたりの対応についての会議するって知ってるよね、知ってるよね、知ってるよねっ!かなり大事な会議って理解しているかなしてるよねしてなきゃ困るもんすっごく困って困って怒り狂っちゃうもんそれなのになんですぐ帰ってこないかなすぐ戻ってこないかなどうして仕事意識まったくもってこれっぽっちもないのかなどうしたらいいのかなあんまりに苛々しちゃってこのままじゃ仕事に支障を来たすよどうしようかどうしようかねうふふそうだ罰だ罰を与えなきゃうんそうだそうしよう怠惰な者には徹底的に徹底的に徹底的に徹底的に痛めつけてあげなきゃねうんどうしよう燃やしちゃおうか焼き払おうか凍らせちゃおうか爆破もいいね真空に叩き込むのも風情があるね感電と言うのもあるよ光の中に叩き込んじゃうのはどうかな即死させちゃ駄目かなうん流石に駄目か駄目だよね困ったな色々あって迷っちゃうなあ。」
ヴァイは一歩一歩ゆっくりと近寄る。
普段明るく、にこやかな人間ほど怒った時にどうなるか、計り知れない物がある。
浮かべる笑顔は、既に狂気の粋に達している。
最初は文句を言っているかのようであったが、途中から何やら壊れ始め一息で危ない事を言い始めた。
(さすが元魔法使い。一息であれだけ喋れるとは・・・!)
リュウは恐怖が突き抜けたのか、見当違いな所に感心する。
「ねぇ、教えてよ、コトちゃんはどの制裁がお望みかな?」
とうとう眼前に立ってしまったヴァイが小首を傾げ質問する。
「・・・ぁ・・・ぅ・・・ゎ・・・。」
青どころか白くなりながらコトノは震える。
「そう・・・。判断はリュウに任せるって?」
(な、なんだってー!)
勝手に進むヴァイの言葉に、リュウは心の中で全霊をかけて突っ込む。
流石に押し寄せる賢者の怒りの圧力と魔力の前では言葉も発せられない。
「さぁ、リュウ。どれが良い?」
(何もかも嫌だよ、こんちくしょう!)
腕の中でガタガタと、最早痙攣ではないかと疑うほどに、震え続けるコトノを抱きしめる手に力を加えながら
首を左右に振り拒否の意思を表示し、再び心中で絶叫する。
だが心の中で叫んでも相手に伝わらない。
「そう、爆発呪文が良いんだね?」
(ちがうー・・・!)
伝わったとしても、曲解される。
「まーかせて、僕の持てるすべての力を注ぎ込んで、僕史上最高の爆発呪文を放ってあげるからっ。」
声を弾ませながら、満面の笑顔を浮かべるヴァイの周囲の空気が急変する。
(なんだろーなー、僕史上って…。)
先ほどのコトノのイオとは段違いに、桁違いに、遥かに違う魔力の集約と大気の変異。
肌に伝わる物理的な感触の恐怖すらも全く次元が違う。
「あ・・・あは・・・あははははは・・・。」
涙を流しながら首を振り続けるリュウが笑い始める。
(あー、こりゃ死ぬな俺。
ご愛読ありがとうございました。次回作にご期待下さい。)
自分たちに放たれる魔法に少し先の未来を予測し、15年と11ヶ月の人生を諦める。
見ればコトノもうっすらと笑顔を浮かべている。
ヴァイの魔力が徐々に高まっていく。
リィィィンと鈴が鳴るような音が聞こえる。
リュウの脳裏に今までの体験が纏めて思い返される。
無茶な注文、無情な配達、友人らによる無茶で無理な行動、無駄なその他。
良い思い出が浮かんで来ない。
(あー、ろくな人生じゃねぇなオイ。)
そして今まで出会った人たちが高速で浮かんでは消えていく。
(あ・・・、そういえば。配た・・・。)
そんなリュウの走馬灯を余所に魔法は完成に近づく。
ヴァイの突き出した掌に僅かな光の塊が現れる。
そしてそれは段々と大きくなっていく。
それが人の頭くらいの大きさになったとき、ヴァイは手を天井に向けて構える。
ヴァイが朗らかに笑う。
はっきりいって怖い。
リュウとコトノは恐怖でパニックを起こし笑い声という悲鳴をあげる。
そしてヴァイの手が思い切り振り下ろされる。
「うふふ・・・ふはっはははははっ!」
「わはははははははははははははっ!」
「あははははははははははははは。いおなずーん。」
「ん?」
武器屋・虎の店前を箒で掃いていたヒカルが突如鳴り響いた轟音に顔を上げる。
店の中からゴロウが何事かと出てくる。
「何が起きた?」
「わかんないけど、アレ。」
困惑するゴロウにヒカルはアリアハン城の方角を指差す。
「城?って何・・・。」
ゴロウはヒカルの指した方向に視線を向けて硬直する。
「城が・・・、燃えてる・・・?」
アリアハン城の一角から煙が立ち昇ってた。
「燃えてるんじゃないと思うよ?」
「なんでだ・・・?」
箒を両手に抱えながら落ち着いた様子のヒカルに疑問を投げかける。
「だって、どーんって鳴ったじゃない。」
「爆破物とかの可能性が高そうじゃねぇか?」
「普通ならそうかもしんないけど。今リュウが行ってるんだよ?」
「それがどうした?」
「テロの可能性より、リュウが何かやらかしてヴァイさんか魔術師長怒らせたって方が可能性大きいと思う。」
あくびをしながらヒカルがつまらなそうに言う。
「そんな馬鹿な。」
「ここまでの大事だから多分ヴァイさんだね。」
「って言ったって。いくらなんでもありゃ・・・。」
城からは煙が上がり続け、周囲は自分等と同じように人が城を呆然と眺めている。
大騒ぎである。
個々人で起こすことにしては大事すぎる。
「いや、これは違うだろ。」
「んー。きっとコトちゃんも一緒だね。」
「コトノ?それがどうしたよ。」
「このクソ忙しそうな時期に、戯れるなりふざけるなりしてたんじゃない?」
一層不機嫌な感じで言い、掃き掃除を再開する。
「んで、時間もない仕事も詰まっていて明るくしてても実はストレス限界なヴァイさんの
怒りに触れてどーんって。」
恐るべきヒカルの推理力、十割方正解である。
まったくもって正鵠を射た推理ではあるが、リュウとコトノとヴァイについて精通してなければ
理解も出来なければ予想も出来ないであろう。
「いや、あいつらなら確かに有り得そうだけどよ・・・。」
慌しく城下にいた騎士や兵士が城に集まっていく。
(とてもだがヴァイの怒りが原因の騒ぎとは思えんぞ。)
「ま。勝手な私の予想だけどさー。」
興味が無くなったのか、ヒカルは集めたゴミをちりとりで集める。
娘のドライな反応に汗を浮かべながら、城を見つめる。
古来より、世界の中心国の一つとして歴史を刻み、
20数年前には若き勇者と賢者とともにゴロウも戦士として参加した大討伐で世界に名を馳せたアリアハン国。
(数日後には魔王を倒すために勇者が旅立つ国だぞ?)
その栄光ある我等がアリアハンの王城がとてつもなく間抜けな事が原因で白煙をあげている。
そしてゴロウは銅の剣の大量発注の依頼人と、その発注理由を思い返す。
(この国こんなんでいいんかねー・・・。)
頬に汗を浮かべて溜息を吐いた。
(リュウー、無事に帰ってこいやー。)
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