「と、とにかくだ!」
リュウが気を取り直して明るい声を上げる。
「とりあえず話をさ、冷静に、冷静に聞こうじゃないか?な?」
「そうよ。うん、まず話は落ち着いて冷静に聞かなきゃ。」
リュウの提案にレオナが無理やりな明るさで賛同する。
「いや、冷静にってのは分かるけど。」
コトノが自分の前後で忙しく動きまわる二人を見上げながら口を開く。
「この縄は?この仕打ちは何?」
コトノは椅子に強制的に座らされ、背もたれに縛られている。
「んー?はっはっは。」
「笑われても。」
「だめよ、コトちゃん。細かいことを気にしちゃ。」
「細かいか?」
駐在の話を聞いて再び暴れないように拘束をしているようだ。
「大丈夫よ、もう暴れないって。」
「えー。絶対?」
レオナはコトノに返事しながらも縄を縛る手は休めない。
「んー。話の内容による。」
「・・・猿ぐつわもしよっかなー・・・。」
リュウが縄の入っていた道具箱を漁る。
「うそよ。」
「・・・お、ギャグボールみっけ。」
「うそだってば!・・・って、ええっ!!」
「・・・っ!?何でこんなものが。」
「神父様の私物・・・だよ?」
「・・・なんでこんなの持ってるんですか?」
「ほっほっほ。」
口元の髭を触りながら朗らかに笑う神父。
とてつもなく微妙な表情で顔を見合わせる三人。
「あのー。」
それまで黙って対面の椅子に座らされていた人物が口を開く。
「えーと、私はまだ帰っちゃいけないんですかね。」
憮然とした表情で駐在騎士が口を開く。
「あ、ああ。ごめんなさい!ほらコトノ、大人しく話を聞こうよっ。」
「え、ええ、そうね。流石にね。うん。詳しい話をお願いしますっ。」
「と、とりあえずいつもなら魔物の被害があるんでしたよねっ?」
三人は駐在の話に食いついた。
先ほどの微妙な間を吹き飛ばそうと尽力する。
何か釈然としたものを感じたのか駐在はやや不満気にだが説明を始めた。
「例年通りなら、というか冬以外毎月あるんですけど、まあ十件くらいですか。
農家から苦情というか要請というか、とにかく魔物に対して何らかの問題が発生するんですよ。
今の時期畑の畝立てとか種まきですね。
そういった作業中に魔物が視界内にちらついて怖いとか。
苦情といってもそんな程度なんですよ。」
「ま、村人の苦情っていったらそんなもんよね。」
「そうなの?」
コトノが縛られたまま器用に肩をすくめる。
「あとは税を減らしてくれませんかー?とか。
王都でもそんなのが大半よ。」
「平和な証拠ですよ。」
神父も会話に参加する。
「あとは個人間の騒ぎの仲裁とかでしょうね。
懺悔に来られる人もいますし。」
「そういう人間関係のもつれは神父さんにお任せしますよ。
んで、そういった件は巡回を深くして魔物が人の領域に入ってこないようにする、
といった対応をするんですよ。
最悪、魔法使い呼んでイオとかそういった大きな音で追っ払ったりとかもしますけど。」
「イオくらいで逃げるんですか?」
先ほどコトノから受けた呪文を思い出す。
「大体は。逆に襲ってくる奴もいますけど、大ガラスとかなので普通に退治します。
訓練されてる兵士ですのでそこの点では問題ありません。
でもね。」
駐在が腕を組み、首を傾げる。
「ここ数ヶ月まったく苦情が来ないんですよ。」
「苦情がないって魔物が人里に降りて来ないだけじゃ?」
リュウが口を挟んだ。
「そうかと思って最初は良い事だと放置してたんですけどね。
何日も魔物に対して陳情が無いと不安になりましてね。」
「何で?」
三人の声が重なった。
「いや心配性なんですよ私。」
照れながら答える。
(・・・心配性・・・なのか。・・・なのか?)
心の中で首を傾げるが、駐在が言葉を続けたので黙って聞く。
「それでですね。ちょっと巡回の兵士に付近の周回を命じたんです。
あんまり魔物が出ないもんなんで、その兵士調子にのったみたいで深く探索したようなんです。
森のけっこう奥まで行ったそうなんですけど。」
「どうだったんですか?」
「何も出なかったそうなんですよ。」
「何もって?」
「何もです。」
駐在の話によると、魔物自体が現れなかっただけでなく、
魔物の足跡や食事の跡、糞すらなく、数日前からの魔物の存在した形跡が無かったらしい。
「・・・メラ。」
話の最中静かにしていたコトノが、突然火炎呪文を唱えた。
小さな火球が生じ、コトノを縛っている縄を焼き切る。
「コト?」
「別に良いじゃん。暴れないわよ。」
コトノが縄を乱雑に解きながら呟く。
「・・・ふう。」
そして手首をさすりながら考え込む。
「どのくらいの範囲で探索を?」
コトノの様子を横目で見ながらリュウが尋ねる。
「日数をかけてかなり広範囲で行いました。
探索結果から見るとレーベからアリアハンまでの街道沿いには魔物は完全に消え去ってますね。」
「・・・確かにちょっとおかしいかもね。」
コトノが神妙な顔で呟く。
「駐在さん。ヴァイさまに報告されましたよね。
この事は何処まで報告を?」
「詳しい報告はまだ・・・。
ただ魔物が消えたって事と付近を探索したって事くらいですな。」
「そうですか・・・。」
コトノはポニーテールの先端を指に巻きつけながら思案している。
「・・・報告書は?」
「まず城からの指示があってからと思って提出していませんで。
一通り詰め所の方に置いてますけど。」
「見せてもらっていいですか?」
「はい。構いません。お持ちしますか?」
「いえ。そちらに行きます。」
「わかりました。では私は一先ず帰らせてもらいますよ。」
女性が来るのならちょっと部屋の掃除がしたいんでね、と笑う。
「はい。私も少し時間を置いてから行きますので。」
立ち上がり礼をする。
同じように礼をしてから駐在騎士は階段を下りていった。
「あ、玄関まで送ってくるね。あとお茶も持ってくるよ。」
レオナが駐在を追って部屋から出る。
部屋にはコトノとリュウと、図体の割りに不自然に存在感の薄い神父が残った。
暫く沈黙が室内を支配した。
「さて・・・と。」
コトノが椅子に荒く座る。
椅子の軋む音がやけに大きく響いた。
「どういうことなんだろ。」
リュウがコトノに向かって尋ねる。
「わかんない。」
コトノが不機嫌そうに言う。
「きな臭い話には間違いないけどね。」
「ただ魔物がいなくなっただけじゃ?」
「・・・ヴァイさまが詳しい事言わなかったのが分かったわ。」
「その心は。」
「根拠がやけに乏しく、まさしく勘だから。」
「とにかくあやしいと。」
「ん。」
コトノが不機嫌そうに頷いた。
「前例とか無い話なのかな?」
「大討伐してから初めてなんでしょうし、少なくともアリアハン内に記録は無いと思う。
他の国には同じ記録があるかもしれないけど、調べに行く時間は今は無いし・・・。」
今から20数年前に行われたと言う大討伐。
それは言葉通り大掛かりな魔物の討伐の事である。
アリアハン大陸は嘗て凶悪な魔物が巣食う呪われた大陸であった。
ネクロゴンドに住む魔物と同等の強さの魔物が其処彼処に潜んでいたそうだ。
国民は魔物に脅え家にこもり、恐る恐る外に出て
農作業をしひっそりとその日を暮らしていく生活をしていたそうだ。
国民を守るはずである騎士たちは城を防衛すると言うことを理由に城に篭っていたという。
魔物が恐れるものなく、堂々と自由に街道を横行する、
そんな現状を憂いた時の皇太子が賢者と戦士と何人かの冒険者とともに、
まず手当たり次第魔物を討伐していった。
2ヶ月も経たないうちに討伐隊に人が集まり始めた。
規模が大きくなり遂には騎士団すら巻き込んだ。
そして討伐が始まり半年後。
勇者と呼ばれた青年と皇太子が先頭に立ち、
国民の平和と安全を得るために、
アリアハン大陸の隅から隅まで凶悪な魔物を全て刈り取る大討伐が行われたのだ。
3ヶ月に渡る魔物との戦いで殆どの魔物は滅び去った。
その後の追討戦、定期的に行われた巡回により凶悪な魔物は根絶した。
アリアハンに存在する魔物は殆ど動物と変わりない程度の魔物しかいなくなった。
「その時の経験を魔物が覚えていて、見回りの騎士の気配に逃げ回ってるとかってないか?」
たかだか20年くらい前の事なんだし、とリュウが発言をする。
「よっと、でもそれって魔物の痕跡が無いって理由にならないと思う。」
レオナが器用に足でドアを開けながら入ってきた。
「ただいまー。」
「おかえり。でもなんでさ。」
「さっき駐在さん言ってたでしょ。
足跡も何も存在した形跡がないって。
逃げる以前に魔物がいないって事でしょ?」
「ああ、そうだったっけ。
じゃ、なんでいないんだろ?」
先ほどから難しい顔をして悩んでいたコトノにリュウが質問をする。
コトノは一つ大きく息を吐いてリュウを見る。
「この際、魔物がいないって事はもう良いの。」
「そうなの?」
レオナがお茶を淹れながら驚きの声を上げる。
「原因なんてのは後から調べりゃ良いわよ。
このことが後でどんな問題を生むか、今はそれが一番大事。」
「そうなのか?」
「そうなの。」
「てか、この後って言われても材料が少ないと思うけど・・・。」
「何もアンタに考えろって言ってないわよ?あたしを何だと思ってるのよ。」
天下の宮廷魔術師さまよ、とコトノが明るく言い放ちリュウに向かってウインクをする。
「あたしが来てよかったわ。多分アンタじゃ情報を持って帰るのに手間がかかったろうしね。」
コトノの言葉に、リュウはその場合について予想してみた。
おそらく全て見聞きするだけで大変な事になっていただろう。
「でも、これしか情報無いのにどう考えるの?」
「うん・・・。とりあえず報告書に目を通してからだね。」
コトノはレオナに向かって情けなく笑う。
「いやー、あの駐在さんのことだから報告書枚数多そうだわ。」
リュウが遠慮がちに手を挙げる。
「えーと、手伝う?」
「な・・・っ、なんですって・・・っ!?」
コトノがリュウの言葉に驚き目を丸くする。
その少々大げさなコトノの反応にリュウは俄かに眉を顰める。
「て・・・、手伝ってくれるっていうの?」
「いや、元々俺が頼まれた事だし。
それにここんとこ忙しかったみたいだし、作業も大変そうだし。
出来る事なら手伝うけど・・・。」
普段の虐げられ続けるリュウから出た思わぬ優しい言葉に、
コトノは頬を薄く朱に染め口元に手を当て俯いた。