「・・・・・・。」
「えーっと・・・。」
コトノは照れたような様子で居心地の悪そうなリュウに向かってゆっくりと近づいていく。
「リュウ・・・、うん嬉しい・・。」
そして少し上目使いに、潤んだ瞳でリュウを見る。
ゆっくりとリュウの胸の上に手を置き暫し見つめる。
リュウの鼓動が俄かに早くなる。
そして。
「えい。」
コトノの指がリュウの目を突く。
「うおおおおおおおおっ!?」
リュウが床を転がる。
コトノはリュウを見下ろしながら鼻で笑う。
「でも良いや。あんたの賢さじゃ処理するの難しそうだしー。」
「相変わらずの非道っぷりねー。」
レオナが少々引き攣り気味の笑顔を浮かべながらコトノたちに近づく。
おそらく床を転がるリュウに回復魔法でもかけるつもりだろう。
「あ、レイ。」
「え?」
「ちょーっと、こっち来て。」
「でもリュウくん・・・。」
「大丈夫、強く突いてないから。」
そう言いレオナの手を引き室外に連れ出す。
リュウはドアの向こうで呻きながら床で苦しんでいる。
「えと、なに?」
「頼みがあるの。」
先ほどの奇行から一転して真剣な表情のコトノにレオナは戸惑う。
「さっきの魔物の話、リュウになるべく調べさせないで。」
「え?」
「あたしも出来る範囲だけどリュウに情報が伝わらないようにする。」
「えっと、どういうこと?」
「リュウにとって良くない話の可能性があるの。」
「それじゃわかんない。」
レオナも真剣な表情になる。
「詳しくは調べなきゃわかんないけど。」
コトノが親指の爪を噛む。
「4年前と同じかもしれない。」
「4年前って・・・。あちゃー・・・。」
コトノの言葉からある事象に思い至りレオナが息を呑む。
「せっかく皆でリュウを4年かけてアホにしたってのに・・・。」
「せめて明るくしたって言おうよ。」
「同じよ。」
壁に背中をもたれさせながらコトノが苦笑する。
「昔に戻ったりしたら、あたし達にとっては大問題よね。」
「まったくだね。頑張ったもんね。」
コトノの横に同じような体勢で並んでレオナも苦笑する。
「でも隠したらばれるんじゃ?リュウくんそんなに鈍くないし。」
「鈍いわよ?」
「男女のソレはでしょ?」
違いないと、二人で笑う。
「いつも通りこき使えば大丈夫よ。下手に物を考えれないだろうし。」
考えさせる暇なんて与えるもんですか、とコトノが邪悪に笑う。
「まずは情報を整理してこなきゃ。」
コトノが伸びをする。
「もう行くの?」
「あたしもそんなに暇じゃないし。とっととヴァイさまに報告しなきゃね。」
「なら私も連れて行ってもらいましょうかな。」
ドアの向こうから聞こえてきた声に、コトノとレオナが肩を震わせる。
「神父さん?」
「連れてくって?」
「ヴァイの所ですよ。」
扉が開かれ、のそりと大きな体がドアから出る。
隙間からは、リュウが蹲り、痛みに耐えかねて床をバシバシ叩く姿が見えた。
(そんなに深く突いたっけ。)
「私もここ数日個人的に調べましてね。
思い付いたことを一応言いに行こうと思いましてね。」
「思いついたこと・・・。」
「秘密です。というわけで同行しますよ?」
「いいですけど・・・。勝手に行っても会えないんじゃ?」
ふざけた人物とはいえヴァイは国の重役。
アポ無しに会えるとは考えられない。
「大丈夫でしょう。大討伐の時にかなり世話を見ましたから無下に扱いことはないでしょう。」
「・・・参加してたんですか?」
「初期メンバーです。」
初めて知る事実に口を大きく広げる。
「・・・救国の英雄だったんですか。」
「無駄に逞しい体躯してると思ったら・・・。」
改めて眺めてみると、その腕や首など丸太のようである。
(太っているだけかと思ってた・・・。)
レオナは呆然と見やる。
「さて行きましょうか。時間無いんでしょう?」
「そ、そうですね。
というわけでアイツは任せた。」
「へ?」
コトノはレオナに言い残し、部屋に足音荒く入っていった。
「あの?」
神父を見上げて疑問を伝える。
「私がアリアハンに行くので、リュウと一緒に留守番をしてもらうということですよ。」
神父が笑いながら答える。
「まあレイ一人で留守番というのも不安ですから当然ですね。」
「でもリュウくん仕事とか。」
「コトノがそんな理由で自分の考えを止めると思いますか?」
「う・・・。」
室内を覗き込むと、生き生きとした表情のコトノが、
うつ伏せのリュウを蹴ってひっくり返していた。
そして抗議の声を上げるリュウを拳で黙らせてから懐を物色し始める。
「コト?何してるの?」
「んー?キメラの翼をね。帰るとき必要じゃん。」
「リュウくんが帰るときはどうするのよ?」
「私が帰った時にリュウの分持ってきますよ。」
神父が外出の準備をしながら言った。
「見っけ。ぴかぴかん♪きめらのつばさー。」
コトノが、妙に間延びした声で見つけたキメラの翼を神々しく掲げる。
リュウはぐったりしている。
ピクリとも動かない所を見ると、疲労とダメージ過多で気絶しているのかもしれない。
「小刻みに痙攣しているよりは良いじゃないですか。」
「何を危険な事を言うてますか。」
(本当に後で回復魔法かけてあげなきゃな・・・。)
頬に汗を一筋流しながらレオナはコトノに近づく。
「んじゃ、こいつの面倒よろしくー。」
「リュウくんが泊まることは決定済みなんだね・・・。」
肩を落とすレオナ。
「明日には戻るんですか?」
こめかみを押さえながら神父に聞く。
「その予定ですが、流動的ですね。」
「さいですか。」
つまり数日泊まるかもしれないという事である。
深く長いため息をレオナは吐く。
「武器屋の仕事はどうするつもり?」
「そこはまぁ、説得できるでしょ。」
「ヒカルも?」 
コトノが自分の髪に指を絡める。
「・・・渋々承諾すると見た。」
「・・・だね。」
ヒカルの様子を想像し、お互いに苦笑を見合す。
「でもさ。」
レオナの表情がほんの少しだけ暗くなる。
「家の人にはなんて言うのさ。」
コトノの表情も気付かない程度に翳る。
「・・・そいつは難関だね。」
考えてなかったわ、とコトノは笑う。
(嘘ばっか。)
レオナはコトノを見て弱々しく笑う。
そして二人は沈黙する。
「なに、大丈夫ですよ。」
神父が二人に向かい声をかける。
「その説得も兼ねてヴァイの所に私が行くと言いましたからね。」
見上げてくる二人に笑顔を見せる。
「そ・・・うですか。」
「それにリュウって再来週でしたよね。」
「ええ、そうです。確か。」
コトノが顎を指で押さえながら答える。
「なら、決まりです。」
神父が力強く頷く。
「何がですか?」
コトノが聞き返す。
だがコトノの言葉を気にせず神父はのそりと動く。
「さて、行きますよ。」
「え、ちょっ、待っ・・・!」
神父はコトノの肩を掴み強引に部屋から出て行く。
「それでは留守をよろしくお願いしますよ。」
神父はドアのすぐ横に、いつのまにか、置いてあった荷物を取り部屋を出て行く。
「ちょっと待ってってば!」
コトノが神父の手を振り払う。
「っと。」
「先行ってて!」
そしてレオナの所に駆け寄る。
「さっきのお願い。」
両手を握る。
「分かってる。」
レオナはコトノの手を力強く握り返す。
「あとリュウの面倒もね。」
「うん。」
思わず吹き出し、笑いあう。
「ま、一番はあたしの予想が杞憂に終われば万事オッケーなのよね。」
「そうである事を主に祈ってあげるよ。」
「んじゃ。」
「ん。」
額をこつんと付けて、そしてコトノは離れた。
そしてすぐ側でぐったりしているリュウの横にしゃがむ。
「ったく。」
眉を顰めてうなされているリュウの寝顔を見て、悪態をつきながら微笑む。
そして蹴る。
「ぐふっ。」
「よし、行って来る。」
「ん。頑張って。」
気合を入れたコトノが走り去る。
騒音を立てて階段を駆け下り、乱暴にドアが開閉された。
幾つかの大声が聞こえ、その声が遠ざかっていく。
静かになるまでしばらくの間瞑目していたレオナがリュウを見る。
相変わらずうなされている。
「・・・えい。」
軽く苛ついたのか、額を指で弾く。
連続で。
「あ。」
気を晴らしたレオナが不意に呟く。
「寝室に運んでもらってから行ってもらえばよかったかな・・・。」
小さい掛け声と共にリュウの体を引き起こしてからレオナは呟いた。
 



back
next

top