「・・・ふう。」
屋根の上でタオルを頭に巻いたリュウが汗を拭く。
「おーいリュウ!終わったかー?」
下からこの屋根の下の家主であろう男が大きな声でリュウを呼ぶ。
リュウも大きな声で呼び返す。
「うん、終わったー!」
「ご苦労さんー!降りて休憩してくれやー!」
リュウは槌を持った手で合図し、梯子に足をかける。
(・・・はて。)
左手にしっかりと大工道具を抱え、ゆっくりと降りていく。
「俺は何で雨漏りの修理に勤しんでいる?」
小さく呟いてみる。
「あ、マイク、リュウ空いた?」
「おう、ジョニー。今終わったところだよ。」
「そいつはいい、借りてっていいかな?」
「おいおいおい。そいつはリュウに聞いてくれよ。」
「おーっと、そりゃそうだ。」
HAHAHAHA!
リュウは軽薄に笑う顔見知りであるレーベ村民の言葉に首を傾げる。
(えーっと・・・、なんでこんなこき使われている?)
眉間に皺を寄せて思い返してみる。
(確かコトノに気絶させられて・・・。)
***
起きた時には既に深夜だった。
意識を取り戻してすぐに見た景色が暗かったこと、
自分の右手が、いや右半身が押さえ込まれたかのように動かなかったことが
リュウの寝ぼけた頭を混乱の渦に叩き込んだ。
(え、えぇっ!どこ、って動かない!?あれ左動く。なになになになに!?)
首を廻らして周囲を確認しようとしても、視界が暗く状況が把握できない。
(何?誘拐?俺を?いや、意味が無・・・くは無いか。
いやでもなんでだ。コトノは?レオナは?・・・神父の趣味?いやいや、男色の気はない・・・はずだ。)
半ばパニックに陥り思考がまとまらない。
出てくる考えも的を射てはいない。
「・・・ん?」
ひたすら状況把握に努めるリュウは自分の近くからする匂いに気付く。
(あー・・・。こりゃ石鹸ね・・・。)
その石鹸の香りに、思い付く事でもあったのか少しだけ冷静になる。
暗闇にもようやく目が慣れてきた。
リュウは自分の右の二の腕あたりを圧迫する物体に軽く手を当て、視線だけを向ける。
「くー、すー。」
「・・・レオナ・・・。」
一気に脱力する。
焦っていた自分の時間を返して欲しいとも願う。
黄色みを帯びた薄い茶色の長い髪を恨めしげに見る。
(予測する。
多分だ、俺を介抱してくれてたんだろう、
そして寝室を準備するのも手間だから自分の部屋に持ってきたんだろう。)
そして介抱していたが、中々起きなくて、次第に暗くなり、おそらく飽きてきて、挙句眠くなったので、
面倒だからとリュウの横に身を滑らして眠りについたのだと。
(ま、まぁ状況は把握、いや予測だけど出来た。)
他にもわからない事が山ほどあった。
「すー、くー。」
が、ここまで熟睡している人間を起こすことは憚れる。
(・・・っのやろぉ・・・。)
レオナの金色の髪を、起こさないように、だが思い切り掻き混ぜる事で
心に浮かんだ僅かばかりの怒りを解消する。
これで明日の朝には髪のセットに手間が掛かることであろう。
「ふう・・・。」
ささやか過ぎる復讐を終え、満足気に爽やかに独り微笑む。
(そういえば朝から何も食ってないな・・・。)
ちょっとした主張を始めた腹の虫に、リュウはほんの少しだけ頬を引きつかせた。
だが、半ばやんわりと拘束されている今の身ではどうしようもなかったため、
そして疲労で体が重かった事もあり大人しくそのまま目を閉じた。
そして五つ数えたときには眠りに落ちていた。
****
翌朝。
「・・・どおしてそんなにげんきなの?」
猛烈に間延びした声をレオナは出した。
「いっつも仕事で早起きしてるから。
ほれ、起きれ。」
「んー・・・。やー。」
「頼むから起きて。そして解放して。」
リュウはレオナに絡みつかれて動けない。
「やー。」
「こーらー。」
「やーだー。」
「れーおーなー。」
頬をぺちぺち叩く。
「おきろー。」
リュウの笑顔の裏に軽い怒りが込められている。
「んー・・・。」
辛抱強く起こした効果か、レオナが起き始める。
「お・・・、起きたか・・・?」
「んー・・・。」
ゆっくりと体を起こすレオナを不審気に眺める。
「・・・んぁ。」
突如レオナはリュウに覆い被さる姿勢のまま止まった。
「・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・?レオナー?」
「・・・どおしてこんなにげんきなの?」
「な・・・っ!ななな何・・・、見るなあっ!」
リュウが真っ赤になりながらレオナから身を離す。
「・・・おふぁや・・・。」
「言葉を喋れ、おはよう。」
「・・・じゃ、おやふみ・・・。」
ぼさぼさ頭でリュウに微笑んだ後レオナは再びベッドに体を沈める。
「おーい。」
「・・・あさごはんできたらおねがいよろしく。」
「えー・・・。」
「くー・・・。」
「えーっ!」
レオナは、リュウに朝食の支度と再び起こす事を託した。
再び規則的な呼吸をし出したレオナに一通り驚いてから、リュウは渋々朝食を用意した。
*****
「で、何かすることはない?」
先ほどまでの寝惚けた顔など何のその。
淑やかに食後の紅茶を飲むレオナに、リュウが聞いた。
「することって?」
「いや、今日一日神父さん帰ってくるまで暇だからさ。」
食事中に昨日の顛末を聞き、リュウは自分の置かれた状況を、
つまり神父が帰ってくるまでレーベを動けないということを理解した。
(今日一日とは限らないんだけどねー。)
リュウには伝えなかった事に対し、レオナは紅茶を飲みながら、心の中で舌を出す。
「んで何かして暇潰そっかなーって。」
「んー。そだねー。」
レオナはコトノとの約束を思い出す。
(多分、私が何もないから休んでて、とか言ったらきっと調べ回るんだろうし。)
そして、いつもならレオナがそう言う事はわかっているはずだ。
数瞬で頭を働かせる。
「うーん、あるっちゃあるけど。」
「あるけど?」
「ごめん、結構力仕事だったり。」
「ほう。うん、別に良いよ。」
「でも、せっかく仕事休みなんだから。
ゆっくりしなよ。」
レオナが眉をハの字にする。
「気にすんなって。」
リュウが笑う。
その様子をレオナが心中で詫びた事にリュウは気付くことは無かった。
そうしてレオナはリュウに柵や屋根の修理などの教会の修繕、庭の雑草の処理などを頼んだ。