「そう、そして俺は教会を直してたんだよな。」
リュウは村人:ジョニーの庭で包丁を砥石に当てながら呟いた。
「それを村民に見られたのが始まりだったんだよな。」

******

礼拝に来た村人が教会の屋根で十字架の位置を直しているリュウを見つけた。
「ねぇ、レイ?」
「はい?」
教会の前を箒で掃いていたレオナに若い娘が聞いてきた。
「リュウってさ。」
「うん。」
「暇してるの?」
屋根の上で生き生きと作業しているリュウを見上げる。
「うん、みたい。」
箒を動かしながら答える。
「じゃあさ、そっちの終わったらリュウ貸してくれない?」
「・・・何で?」
娘に悟られない程度に言葉に棘を含む。
決して本人には伝えない、
勘付いたとしてもコトノが全力で否定してきた為にリュウは知らない事だが、
実は意外にレーベの娘にリュウはもてる。
「いやさ、うちの柵が壊れかけてるのよね。」
「・・・うん。」
何故なら、良く働き、不味い事に誠実であり、それなりの容姿を持っていたりするからだ。
(そんな面白くない事にしちゃいけないのよね。)
リュウにそんな幸福はやらない。
四年前に定めたヒカルを含めた三人の取り決めの一つである。
そんな事情を知らず、娘は笑顔で言葉を続ける。
「でね、父さんがリュウに来てもらえって。」
「なるほど。」
どうやら懸念した色恋沙汰の用事じゃなく、雑用要員として求められているのだ。
「リュウくんが良いって言ったら良いんじゃない?」
少し考えてレオナは返事を返す。
「うん、じゃ聞いてOK貰ったら連れてくね。」
タイミング良く降りてきたリュウに娘は駆け寄っていく。
(そしてリュウくんは断れる筈が無く、雑用に借り出されるのであった。)
レオナは溜息を吐いた。

*******

「そして一件用事を済ますとまた他の家から頼まれて、終わらせると次、終われば次と・・・。」
大きな溜息を吐いたリュウは村人から隠れるように大きな木の陰で休んでいた。
「断れば良いんじゃないのかしら。」
「それが出来たら苦労しないの事ですよ。」
視界外から掛けられたレオナの声に、視線を向けることなく答える。
「はい、おべんと。」
「ありがと。」
二つある包みのうち片方を手渡してレオナがリュウの横に座る。
「色んな所をタライ回されてたね。」
「見てたの?」
サンドイッチを頬張りながらリュウが聞く。
レオナは自分の弁当の箱を開けながら笑顔で首を横に振る。
「色んな人が教会にリュウくんを貸せって来てたから。」
「そうなの?」
「んで今予約待ちの状態。」
「待て。」
まさに齧り付こうとしていたレオナのサンドイッチを奪う。
「何待ちだって?」
「だから予約待ちだってば。」
レオナはリュウに奪われた自分の玉子サンドをリュウの手にあるまま齧りつく。
半ばリュウに抱きつく姿勢となるが、
リュウは聞かされた、余りにあんまりな事に呆けているため気にする事が出来なかった。
「どうりでスムーズに人が来ると思ったら・・・。
何でまた、予約・・・。」
リュウが持つサンドイッチを美味そうに食べるレオナに冷や汗を掻きながら見る。
「だって、鬱陶しかったんだもん。
わらわらと皆して『リュウはいるかっ?』って。」
その数は徐々に増えていき、優先権を先着順か仕事の大変さで揉めるという事態になった。
教会が賑やかなのはレオナとしては嬉しいが、
流石に礼拝に来たわけでもないのに騒がしいのは望ましくなかった。
「人はどんどん増殖するし、順番は決まらないしでね。
収拾がつかないから、くじ引きで決めちゃった。」
(そう言いレオナさんは可愛らしく微笑みやがった。)
リュウは心の中で説明文を多少の怒りを込めて書く。
「あー・・・。」
空を仰ぐ。
もたれ掛かっている大木の枝から洩れる光が自分を慰めてくれるのではないかと、
そう期待する。
(そう、期待だ。単なる期待だ要望さ。)
「あ、でも今日はあと5人くらいにしといたから安心して。
っと、ごめん。」
最後の謝罪は、無茶な予約を勝手に決めてきた事に対してではなく、
リュウの指に溢した玉子サンドの玉子に対してだった。
「ぁー・・・・・・。・・・っ!」
リュウは午後の予定が既に決められている事に呆然としていたが、
手に走った感触に思わず声を上げる。
「ふぁ?」
「い、いきなり指舐めるなっ!」
「だって溢したの勿体ないじゃん。」
「っの・・・。」
レオナを自分から引き剥がして食事を続ける。
その不機嫌そうな様子にレオナは少しだけ眉尻を下げる。
「んー・・・。怒った?」
「どれに対して。」
「指舐め?」
「んなもんに怒るかっ。」
乱雑に口の中に押し込む。
そしてしばらく沈黙する。
「うー・・・。」
居心地が悪そうにしながらレオナはちびちびとサンドイッチを齧る。
嫌な沈黙がしばらく続いた。
「・・・ごめん。」
沈黙に耐えられなくなったレオナが謝罪する。
「・・・別に怒ってないって。」
何て顔してるんだ、とリュウは笑った。
「でも。」
「いや、違うって。ただ考え事。」
「え?」
「ここの人ってアリアハンの人と違うなって。」
リュウはレオナの膝の上に転がる。
「むー。そんなに違う?」
リュウの行動にレオナは威嚇の声を上げる。
だが双方共気に留めず、レオナはそのままでいた。
「違うさ。俺を使いっぱと思ってる。」
リュウは笑う。
「あと単なるお人よしの金物屋とも思ってるな。」
「普通そこで嫌な顔するもんじゃない?」
レオナはリュウの笑顔につられ苦笑混じりの微笑みをする。
「嬉しい事に対して嫌な顔出来るほど性格歪んでませんのこと。」
「嬉しいのですか。」
「嬉しいのです。」
「・・・マゾ。」
「うるさいよ。」
顔を見合わせて笑う。
「・・・神父さんさ・・・。」
「うん?」
しばらくレオナに膝枕されたまま瞑目していたリュウが突然口を開いた。
「すぐ帰ってくるのかな?」
「・・・どうして?」
リュウはレオナから顔が見えないように寝返りを打った。
「もう2、3日くらいゆっくりしてきたら良いのになーって。」
リュウの耳が多少赤くなっていることに吹き出す。
「何?そんなにレーベ村民全員にこき使われたいの?」
「そ、そういう訳じゃ。」
「でも、ここに残る=雑用の日々だよ?」
(そして照れる事じゃないよね。)
レオナは心の中で呟く。
リュウは後頭部を掻きながら言った。
「いや、ほら俺再来週にはさ。」
レオナの顔が少し固くなる。
リュウがこちらを見られなくて軽く安堵する。
「それまでに少しでも役に立っておこうって?」
「うん。」
レオナは深い溜息を吐き、満面の苦笑いを浮かべる。
そして、
「さっきから言おうと思ってたんだけど。」
「うん?」
「うつ伏せで膝枕ってどうなのかしら?」
「・・・。」
「何か、えちいな印象を受けますわよ?」
「・・・っ!!」
リュウが慌てて跳ね起きる。
その様子にレオナは微笑む。
「ま。神父さん一日二日じゃ帰れなそうな事言ってたからちょうどいいんじゃない?」
「さ、さいですか。」
 リュウは立ち上がろうとするレオナに手を貸す。
「さて、んじゃ、はい。」
レオナはメモを渡す。
「んーっと、何?」
「午後からの労働リスト。メモっておいたから。」
順番と名前と住所と仕事内容が書かれたソレを無表情で眺める。
「まずはトムさんの家だから頑張ってね。」
「・・・はい。」
先ほど村民のために労働するのは嫌ではないと豪語したリュウだったが、
5件とは言え、びっしりと書かれた内容に溜息を吐かざるをえなかった。

********

アリアハンは賢者の室。
部屋の窓はカーテンで覆われ部屋は暗闇に包まれていた。
その暗闇の中心でヴァイは瞑黙していた。
(うるさい老人だこと・・・。)
先ほどまで部屋にいたレーベの神父を思い返し口元を歪める。
歪んで壊された食器類が神父の怒りを物語っている。
「ふっ。」
おもむろにゴブレットを手に取り深紅の液体を口に含む。
(大討伐の英傑も読みが甘いな。)
高いアルコール度数のため喉が熱い。
(さて、もう一人は・・・。)
自分の部下のポニーテールの魔術師を思い浮かべる。
(どう出るかな?)
そう思った時荒い足音が近づいてきた。
「ふふっ、ナイスタイミングだね。」
(思ったより遅かったな。)
空になった器にワインを注ぐ。
足音が止まり、そしてドアが蹴破られる。
「・・・ヴァイ。」
「乱暴だね、コトノ。」
ドアの前にはコトノが立っていた。
「・・・ノックくらしたらどうだい。」
「・・・明かりくらいつけたらどうなのよ。」
暗いため表情は見えないが明らかに機嫌が悪い。
「今日は髪の毛弄らないのかい?」
「・・・何でだと思う?」
開けたときと同様に乱暴に扉を閉める。
「ふむ。」
考え込むように腕を組む。
コトノは手に持っていた書類を卓の上に置いてヴァイに近づく。
「弄るのもうざいほど怒り狂っているからかな。」
「正解よ。」
胸倉を掴みあげる。
「・・・何考えてんのよっ!」
コトノの憤怒の表情が暗闇の中でも分かる程度に顔が近付く。
「何って言われてもね。」
ヴァイは無表情を装う。
「何がおかしいのよ・・・。」
「おや、ばれたか。」
きちんと堪えていたはずなのにな、と笑う。
「・・・もう一度聞くわ。何を考えているの?」
「さて・・・。」
ヴァイはそのまま怒るコトノの後頭部を掴んだ。
「何を考えてるんだろうね。」
そして唇を合わせた。


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