「やっほ。」
リュウがレーベに滞在して早三日。
リュウはレーベの村を少し出た農地で畝を立てるために畑を耕していた。
鍬を振り下ろす手を休め、声を掛けた人物を見る。
「ヒカル?」
「遊びに来たよー。」
腰に一振り剣を帯びた旅装束のヒカルが立っていた。
「遊びにって・・・。店は?」
「うん、休むってさ。」
ヒカルが剣を外しながら畑の横の草むらに座る。
そして自分の座るすぐ横の地面をぺしぺし叩く。
(・・・座れってか。)
リュウはヒカルの意図を理解し、苦笑しながら指定された位置に腰を下ろした。
ヒカルは満足そうに笑う。
「休むってさ、って事は親方が言ったの?」
「うん。人手が足りなくなって・・・。」
思わぬヒカルの皮肉に俄かに口元が引き攣る。
恨めしげにそして何か言いたそうにこちらを見るヒカルの視線が痛い。
「あー・・・。」
狼狽を始めたリュウをしばらく睨んでいたヒカルがふと微笑む。
「ま、嘘なんだけどね。」
「嘘でしたか。」
「嘘でした。」
あからさまに安堵するリュウを見てヒカルは目を細める。
「そんなに心配でしたか?」
「ええ、心配でしたとも。」
「その心は?」
「あとで何されるかわからねえ。」
「ああ、その点はちゃんと決めてるから。」
冗談のつもりで放ったリュウの言葉にヒカルは即答する。
動揺しながらリュウは尋ねた。
「な、何を?」
「無断欠勤、および無断外泊の罰。」
「うぇっ!?」
「いやあ、楽しみですなぁ。」
ほくほくと笑うヒカル。
引き攣った笑みを浮かべるリュウ。
「ま、それは置いといて。」
「いや、弁明を聞いて欲しいんですけど。」
「うん、却下。」
「・・・るー。」
リュウは天を仰ぎ涙を流す。
「んで、休店なんだけど。」
嘆くリュウを無視して話を続け出す。
「ジャムさん、うちに来たんだよね。」
「ジャム・・・?」
「あれ?神父さんのあだ名知らない?」
「初耳だ。てか何でジャムなん?」
「知らないなぁ・・・。
お父さんがそう呼んでたから、あたしもそう呼んでるんだけど・・・。」
「で、神父さんがどしたの?」
「あ、うん。
昨日怒り狂いながらうちに来てさ。」
「怒り狂・・・。いや、続けて。」
こめかみを押さえながらヒカルに先を促す。
「んでね、お父さんと顔合わせた瞬間にね。」
「う、うん。」
「ガチの殴り合いおっ始めちゃって。」
「は、はあっ!?」
「凄かったよ。打撃系は全て当たった瞬間に意識どころか
命すら飛びそうな威力の攻撃の応酬だったし!」
ヒカルは両拳を胸の前で握り熱弁する。
「待て。打撃系ってことは殴り合いだけじゃなかったのか?」
「うん!お父さんは隙在らば間接極めに行ったし!
ジャムさんはジャムさんで腕を取られたり関節技入りそうになったら
力で無理矢理外すし!」
「へ、へー。」
(神父さんっていったい・・・。)
リュウは何やら頭痛のしてきた頭を押さえる。
親方-ゴロウの方は何度も手合わせしているため、その強さは骨身に染みて理解している。
そのゴロウとどうやら互角の勝負をしたという神父に疑問が浮かぶ。
(いや、親方の方に疑問を持ったほうが良いのか?)
20年も前の事とは言え、片や救国の英雄である神父と互角に戦う武器屋。
それはそれで頭痛がしてくる。
「でねでねでね!
お互いに打撃・間接技だけじゃ決着付かないと思ったんだろうね!
急に投げ技の応酬だよ!
お互い掴みかかる相手の力を利用してポンポン投げ飛ばしてたんだから!」
恐ろしい情景を嬉々として語るヒカル。
(こいつ、最初からずっと見てたのか・・・。)
娘として父親の喧嘩を止めず、即座に観戦に回るというのは如何なものか。
「んでさ、最後はもう全部ごちゃ混ぜの超高等技術の闘い。
いやあ、凄かったよ。
あの塀を挟んでの力比べ。」
「・・・なんだそりゃ?」
「互いに隙を窺ってか、ゆっくりと移動していって。
そしたら塀が二人の中間に来ちゃって。
それでも睨み合いながらお互い隠れちゃって。
流石に相手の姿見えなかったら駄目じゃん。
どうするのかなぁって見てたら。
二人とも同じタイミングで塀に拳突っ込んでさ。
裂帛の気合の声を出しながら『うおおおおおお!』って。
そしたらもう壮観!
塀が徐々に双方から砕けていって、
最終的にはお互いに手を合わせて力比べしてたから、もうびっくり。」
(うぁ・・・、修理って俺か・・・?)
凄まじい死闘の様子を聞きながら、リュウは後の処理の事を考える。
「結局最後はジャムさんの右ストレートとお父さんの左クロスでの相打ちでダブルKO。」
「いや、ヒカルさん?」
「うん?」
興奮冷めやらぬヒカルが小首を傾げる。
「超人どもの死闘は分かったけど、なんで店休みになったの?」
「ああ。
殴り合い終わった後お互い睨み合ってて、急に笑いあってさ。
うん、流石に気味が悪かったねっ。」
「気味が悪いって。」
「それでそのまま飲みに突入。
んで、まだ素面だったお父さんが
『三日間店休むと看板に下げておけ。』って。」
「三日・・・。」
「多分、宴会を続けるつもりだろうね。あっはっは。」
「うーわ。」
「んで神父さんが50ゴールドくれて、
『そんな訳ですからレーベのリュウに最低三日は戻れないと伝えてください。』
って言われてココに来ました。褒めて褒めてー。」
「あー、偉い偉い。」
(褒める事か・・・?)
笑顔でヒカルの頭を撫でながらリュウは疑問符を頭に浮かべる。
「そんな訳であと三日間お世話になりますっ。」
ぺこりと頭を下げる。
「・・・ココにいるんだ。」
「酔ったあの二人に絡まれるのは、いくらあたしとは言え流石にイヤ。」
だからあの人たちの領域内にいたくないの、とぷいと可愛らしくそっぽを向く。
「それともあたしがいたら邪魔かしら?」
朗らかな笑顔を浮かべて、突如凄絶な剣気と殺気を身に纏いながら尋ねられる。
(なんでこいつら・・・、こうも殺気とか怒気を簡単に放てるんだろうなぁ・・・。)
リュウは、脅えながら、ぼんやりと考え込む。
「ほう・・・。沈黙は肯定の証だね・・・。」
キンと親指で剣を鞘から少し出しながらヒカルが迫る。
「いや違う。待て、違うから。」
「秘技・・・獅子王瞬煌・・・。」
「待て言うとるだろうがっ!」
居合の構えを取るヒカルを慌てて押さえる。
「むん?」
「・・・まず、レオナに聞きなさい。
俺も今泊まらせてもらっている身だし。」
「そだね。」
あっさりと引き下がる。
「んじゃ、レイちゃんのところに行ってくるよ。」
「あ、ああ。」
ヒカルはそう行っても動こうとしない。
リュウをただ見つめている。
「えーっと?」
リュウは困惑している。
「あのさ。」
「はい?」
「さっきの質問。」
ヒカルが真顔でリュウの瞳を見る。
「結局あたし邪魔?」
ヒカルが静かに尋ねる。
リュウは一瞬、目を丸くしたがすぐに笑い出す。
「うー・・・。」
ヒカルはリュウの様子に威嚇する。
「ああ、悪い。そしてアホ。」
「うわ!」
思い切り全力でヒカルの額を小突く。
その勢いでヒカルは仰け反る。
「いいか、良く聞け小娘。」
「年変わらんやんけ。」
「黙らっしゃい。」
ぺしっと叩く。
そして胸を張り親指を自分に向けて言い放つ。
「俺がお前らを邪魔に思う事は恒久に無い。」
リュウはレーベに向かって進む。
「だから後はレオナ次第だ。」
行くぞと声をかけてヒカルはリュウに続いて歩き出す。
「・・・難関気な・・・。」
「そうなのか?」
横に並ぶヒカルの言葉に目を丸くする。
「ハードル低そうだけどな。」
リュウは眉根を寄せながら首を傾げる。
それをヒカルがクスリと笑う。
(あたしたち三人の中ではシビアな問題なんだよ?)
「ところで、リュウ?」
「あん?」
「畑作業は良いの?」
「・・・あれは教会の畑だから、多少だ。」
些細な事、そう言うリュウの頬に汗が伝うのをヒカルは見逃さなかった。