乾いた音が暗い部屋に響く。
コトノがヴァイの頬を平手で打った音だ。
「・・・痛いね。」
「当たり前よ。」
コトノが自分の手のひらを押さえながら忌々しげに言う。
「別に初めてじゃないんだから良いじゃないのさ。」
「次は殺すわよ。」
やれやれとヴァイは肩をすくませる。
「それで何か言いたい事あるんじゃなかったのかい?」
「・・・なんでリュウをレーベに行かせたのか。」
「おや、またその質問。」
ヴァイは笑った。
「二人目だよ、おめでとう。」
「・・・納得のいく理由を聞かせてもらいましょうか。」
「理由なんてないよ?」
ヴァイは空になったワイン瓶を指で弾く。
「たまたまリュウが来たから頼んだだけ。」
「たまたま・・・ね。」
コトノが口元を歪める。
そして卓の上に置いた書類をヴァイに叩きつける。
「じゃあ、何?兵隊長に吹き込んで銅の剣を大量発注させたのも、
レーベだけじゃなくアリアハン全域の魔物の情報を隠しこんだのも偶然だと。」
「調べたもんだね。でも偶然だよ。」
暗闇にもかかわらず、書類に目を通したヴァイが拍手をコトノに贈る。
コトノはヴァイを憎々しそうに睨む。
「・・・何を言っても口を割りそうにないようね。」
「正解だよ。」
耳に障る笑い声を上げる。
「・・・じゃあ、一つだけ聞かせて欲しいわ。
いつから勘付いていたの?」
「最初の方から気付いていたに決まってるでしょ?」
(つまり半年も前から・・・か。)
嫌悪の目でヴァイを見る。
「まぁそんなにカリカリしないでよ。
それに、ほら君たちの決まりがあるじゃない。」
「あたし達の決まり?」
「リュウには決して幸福は与えないって。
ならコトノが文句を言うことはないんじゃない?
この件は決してリュウに幸福は与えないよ。」
ヴァイの言葉を一笑に伏せる。
「誰に聞いたか知らないけど。」
コトノは不適に笑う。
「間違っているわよ。」
「へぇ。」
ヴァイも間違いに気付いているのだろう、余裕の笑みを浮かべている。
(一々、腹が立つ。)
怒りを覚えつつも、苛立ちが相手に伝わらないように目を閉じる。
「じゃあ本当の決まりって?」
「ふん。あんたの聞いた決まり事は正確には、
『リュウにはあたし達三人以外からの幸福は基本的に与えない、
そしてあたし達以外がリュウの幸福を奪う事は絶対に決して許さない』よ。」
指をヴァイに向けて突きつける。
「傲慢な決まり事だね。リュウを物扱い。あとそれ以外にも決まり事あったろ。」
「黙れ。あんたとは違う。」
「何にしてももう遅いよ。
動き出すまで止めようもないし。
動き出してからだと止まらないし。」
「・・・何が目的なのよ。」
「そうだね。少しくらいヒントを与えておくよ。」
ヴァイが目を細める。
微笑んだその顔はにこやかでなく怒りに満ちていた。

「私的な復讐。」

****

「さてと。」
レオナは手を払いながら扉を閉めた。
「久しぶり、ヒカル。」
テーブルに着くヒカルに特上の笑みを向ける。
「うん、元気・・・だね。うん。」
ヒカルは先ほどリュウを静かにだが猛烈に怒りながら畑に戻させた様子を思い返し頷く。
「普段はけっこう淑やかよ?」
「コトちゃんもだよ。」
声を出して笑う。
「なんでリュウの前だと皆凶暴になるんだろうね。」
「ふふ、さあね。」
レオナは卓上にあったティーカップを持つ。
「とりあえず。」
「うん、乾杯。」
二人同じようにカップを持ち上げる。
「コトちゃんもいたら良かったのね。」
「一昨日いたけどね。仕事忙しいんでしょ?」
「仕事ねえ・・・。ったく迷惑な勇者ですよ。ひっそりと旅に出ればいいじゃないねぇ。」
「それはそれで騒ぎになるからイヤだなぁ。」
「今のところ大忙しなのはアリアハンだけだよね。」
「レーベ人は無頓着でごめんなさい。」
レオナが頭を下げるのをヒカルは爆笑する。
「いやいやいや、レイちゃん関係ないし。」
「でも、本当にココって凄いわよ。」
「なんで?」
「未だに勇者の情報が伝わってこないもん。」
「ええっ!?」
ヒカルが大げさなほどに驚く。
「ここってそんなに田舎なの?
あんなに噂の多い人物なのに。」
「恐ろしい事に。
皆知ってる事って大勇者オルテガの息子ってくらいで顔も知らないのがほとんどね。
顔とかもオルテガ氏みたいな厳つい顔だろうって思ってる人でいっぱいよ。」
「他国の平民並みの情報じゃん。」
ヒカルが、はやー・・・、と溜息のような声を出す。
その様子に苦笑しながらレオナはふと思いついた事をヒカルに聞いた。
「そういえばコトから何か伝言とか預かってない?」
ヒカルは首を横に振る。
「え、何かあったの?」
顎に手を当て上を向いて考える。
「会ったときも何か眉吊り上げて忙しそうにしてたしなぁ。特に何も言われてないよ。」
「そっか。」
(じゃあ、問題なかったのな?)
レオナは安堵する。
そしてまた新たな疑問が浮かんだ。
「あら?じゃあ、ここに来たのは単なる偶然?」
レオナはコトノ絡みで来たのだと思っていた。
「うーん。いや、神父さんの思惑だと思う・・・かな?」
「神父様の?」
ヒカルは昨日の神父VS父親の戦いを詳しく語った。
レオナは話を聞いて完全に引いてしまった。
そして最後の50ゴールドのことを話してヒカルは自分の予想を言う。
「そんなわけであたしが予想するに多分リュウ絡み。」
「そうだろうけど・・・。じゃあ単なる良い思い出作らせのため?」
「違うと思いたいけど、多分それっぽい。」
ヒカルは頬を掻く。
「・・・あー。い、一応アレよ。」
「う、うん。そういうのは無しね。」
お互いに指を指しながら狼狽える。
そして苦笑しあう。
「まあ、アレだね。」
「知らぬ本人は突き抜けんばかり平和よね。」
窓を見る。
リュウが畑を耕す喜び全開で鍬を下ろしている姿が見える。
そして隣の農家と談笑しながら作業をしている。
(幸せそうに・・・ったく。)
空は何処までも青く、レーベに平和が満ちていた。
「・・・雲。」
「え?」
ヒカルがぽそりと呟いた言葉をレオナは聞きなおした。
「あっち。雲でてきたなーって。」
視界の端に黒い雲の塊があった。
「・・・雨かな?」
「多分ね。」
(嫌だなぁ。)
レオナは雨が降る事にではなく、その暗い雲に気分を重くする。
その雲がある方角は東だった。



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