ルイーダの酒場。
アリアハンで最大の酒場。
その裏には広い空き地があり、そこには人知れず一つ墓がある。
その墓の前にリュウは立っていた。
「ここで会うなんて、珍しいね。」
背後からかけられた声に振り向かずに返事する。
「そうですね。忙しいんでしょう?」
そういう間に隣に並んだ賢者を見上げる。
「おかげ様で。」
そう言い、黙祷をする。
リュウもそれに倣い黙祷を始める。
「ところで墓参りのために仕事抜け出して来たんですか?」
「いや、ルイーダに用事があったから。
帰るときに何気に寄ったら君がいた。」
「用事?」
「そ。勇者に随伴する冒険者たちって、ルイーダのところで登録・管理されていてね。」
「管理って・・・。」
「一応、各国のギルドに秘密裏に情報流して、こっそり公募してたからね。
呼んだ以上滞在費くらいは負担しなきゃ。」
「ふーん・・・。」
「で、一般の宿屋だと市民が脅えかねないから、
冒険者を一括世話しているのがルイーダの酒場な訳なんだけど、
やっぱり旅に出るのに向かない程レベルの低すぎる奴とか、
度の過ぎた犯罪者が何人が混じっててね。」
「強制送還?」
ヴァイは苦笑をリュウに向ける。
「レベルの低いのは勇者さんの意思に任せようと思うから残しておいたけど。」
気まぐれで連れて行くかもしれないからね、と朗らかに笑う。
(そのレベルの低い人が聞いてなければいいけど。)
リュウはヴァイの背後の酒場の2階を見る。
ベッドやら何やらがあるその部屋は2階にある。
おそらく冒険者がいるなら、そこであり、この会話も注意すれば聞ける。
リュウが内心ビクビクするが、ヴァイは気にも留めず言葉を続ける。
「んで、重犯罪者の方は後でばっちり送り返す。」
「いたんだ。」
「盗賊崩れで何人かね。今は逮捕してるから留置所にいるよ?」
「てか、犯罪者ってだめなの?」
「行く先で悪事を働きかねないからね、国の恥になるような人間は弾くさ。
まあ、勇者がどうしてもって、駄々こねたら考えるけど。」
「はあ。」
「そんな訳でそいつらを弾いて修正したリストと冒険者の管理費を渡しに来たんだ。
気になるんならルイーダに頼めば見せてくれると思うよ。」
「ん。」
「じゃあ、僕は城に戻るよ。」
ヴァイは手を振りながら城へ歩き出す。
「・・・ヴァイさん?」
「ん?なんだい?」
声が聞こえるぎりぎりの範囲でリュウが呼び止める。
「もう、完全にルイーダって呼ぶんですね。」
「・・・。」
ヴァイの顔が一瞬、珍しく真顔になる。
だがすぐ笑顔に戻る。
「だって彼女はそういう名だし。」
「そうですか。
・・・引き止めて申し訳ありませんでした。」
「・・・明後日、楽しみに待ってるよ。」
そう言い、ヴァイは呪文を唱える。
そしてあっという間にいなくなる。
(城までなら歩けよ・・・。)
ヴァイの立っていた場所を、眉を顰めて一瞥する。
(冒険者か・・・。魔王倒しに行く旅にどうして来たがるのかね。)
陽が落ち始めているため、酒場の壁面は赤く染まっている。
あれこれ冒険者について、思考しながらぼんやりと酒場を眺める。
そしてリュウの視界内に酒瓶が現れる。
(酒瓶?)
驚く間もなく、見た目以上の速度で飛来するそれは見事にリュウの頭に激突した。
「・・・いて。」
「おーい、そこの不審者ー。」
いつの間にか、先ほどまで見ていた酒場の二階から若い女性が身を乗り出していた。
「・・・あんだよ。」
「そんなところでぼーっと、うちの店見つめられてるのって、はっきりいって怖いでーす。」
「・・・だからと言って暴力はいけないと思うでーす。」
「ルイーダさん的に相手がリュウだから却下でーす。」
店の主人・ルイーダはケタケタ笑う。
「くっ・・・!」
リュウがそのルイーダの様子に腹を立てていると人差し指をくいっと曲げた。
「何?」
「とりあえず頭治療してあげるから、入ってらっしゃい。」
「・・・誰の所為だ、誰の。」
頭に出来たこぶを押さえながら苦笑しながら裏口をくぐった。

***

「うわ、でっかいこぶ。」
「中身の入った瓶を投げないで。頼むから。」
ルイーダの酒場二階にあるルイーダの私室。
リュウが違う痛みをし始めたこめかみを押さえながら大人しくルイーダの治療を受けている。
「善処する。さて・・・と。」
ルイーダが治療に集中したのか黙ったのでリュウは何とは無しにルイーダを眺める。
(色白、背も普通、髪の色は金、柔らかそうな巻き毛。)
ただ外見の特徴を心の中で列挙してみる。
(スタイル・・・言及はしないが良い方だと認識。)
おそらくレオナよりも腰は細い。
胸に関してはコトノなど遥かに遠い。
目の前で揺れるそれを眺めながら、親友二人の怒り狂った顔を思い出す。
(あと見た目の特徴っていったら・・・。)
そう思い、ルイーダの顔を覗き見る。
ルイーダは頭の傷を見て笑っていてリュウの様子には気付いてない。
(綺麗な碧眼の右目とそして眼帯に覆われた左目。あとは肘までしかない左手・・・か。)
リュウの顔が伏せられる。
「うーごーくーなー。」
片手で器用に消毒液を頭のこぶに塗っていたルイーダがリュウの頭を抱え込む。
柔らかい圧迫がリュウの口鼻を塞ぐ。
「苦しいっ!」
「だまれー。」
「てかホイミ使うからいいよっ!」
「何を今さら。ここまで治療したんだから最後までやる。」
「治療って言っても湿布貼るだけだろ?」
「あー、ごめん。ぱっくり切れてた。」
「・・・なに?・・・深い?」
「まあ、うん。軟膏塗って絆創膏貼るね。」
(あとでホイミ決定。)
「ってか普通気付くよ?こんな怪我したら。」
「だから笑ってやがったのか・・・。」
「何?人の顔じっと見てたの?スケベ。」
「何がだっ。」
ルイーダはリュウをからかいながらも治療を続ける。
(第87代目ルイーダか・・・。)
三年前にルイーダの名を継いだこの頭の軽そうな女性が
本当に歴史ある酒場を切り盛り出来ているのか真剣に悩みだす。
「・・・最近どう?」
当たり障りのない質問で先ほど浮かんだ疑問を解消せんとリュウは尋ねた。
「何?下ネタ?」
「違うわ!」
「うーん、あたしも元が美人だから、こんなでも大量に人来るけどねぇ。」
「だから下ネタちゃうわっ!」
「うん、店の話でしょ?」
「あん?」
「だから、店主が例え隻腕隻眼でも若くて明るくて美人だから、
いっぱいお客さんは来てくれてるって言ったんだけど?」
「・・・。」
「何と思ったか聞かせてもらいましょうか。」
「・・・・・・。」
「まあ、そっちの方面でも大量に誘いの声はかかるけどね。
今のところ断り続けておりまーす。」
「・・・そうですか。」
「・・・心配?」
含み笑いをしながら顔を覗き込まれる。
「・・・自意識過剰もいいとこではなくって?」
リュウが、余裕のある表情を繕って笑う。
「ほう。」
「痛い痛い痛い。」
ルイーダはリュウの傷口を力の限り押している。
「とにかく心配はいらないよ。
店も順調だし。
怪我もほとんど問題ないしー。」
リュウを解放し左腕を振りながら笑う。
「うん。」
解放されたリュウはルイーダの言葉に情けなく笑う。
「最近特に忙しいんだよ?」
「うん。」
「もう、いっぱい冒険者が来ててさ。
ここまで来たらむしろ腹が立つっての。
何人か帰れって言いたくなるよね。」
「うん。」
「戦士とか、もう猫撫で声出したら、すぐボトル追加してくれるし。
あたし本当この商売向いてるみたい。」
「うん。」
「名簿凄いことになっててさ。
あ、あとで名簿見る?本当老若男女選り取り見取り!
って、・・・リュウ?」
椅子に座りながら調子よく喋っていたルイーダはリュウの様子に気付く。
「なに・・・、泣いてんの。」
「・・・うん。」
リュウは虚ろな目でこちらを見ながら静かに涙を流している。
「ごめん・・・。」
「謝るこっちゃないでしょ。」
苦笑しながらリュウに近付く。
だがリュウは尚虚ろな瞳をこちらに向ける。
顔色も悪い。
「なしたの?」
リュウの手が静かにルイーダの左腕を掴む。
「ごめん・・・。」
「リュウ?」
「ごめんなさい・・・。」
掴んだ腕を抱きしめて、涙を流す。

(怪我をさせてごめんなさい。)
アリアハンで一番と呼ばれる美人だった。
(貴女の夢を奪ってごめんなさい。)
教師を続けていたはずだった。
(貴女の幸せを奪ってごめんなさい。)
墓の下に眠る人物を思い出す。
「ちょっと・・・リュウ?」
四年前の愚かな自分と行為を呪い、奪ってしまった大事なものに心から詫びる。
「・・・ごめんなさい、リナ姉ちゃん・・・。」

 


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