薄暗い部屋の中、旅人の服を身にまとう。
自分で丹精込めて打った剣を腰に挿す。
薬草・食料・水筒の入ったリュックをチェックする。
(問題なし。)
2週間は問題なく過ごせる量を昨日までに用意した。
先日レーベで入手した魔法の玉と鍵を確認する。
「やっぱり危険なものだったな。」
鍵は家の扉や簡単な仕掛けの鍵ならば、どういう理屈かは分からないが解錠することが出来た。
(いつか使うかもしれないから持ってくけど・・・。)
溜息を吐く。
今日初めての溜息。
旅に出たら吐くことは少なくなるだろう。
溜息を吐かせる相手がいなくなるのだから。
「使いたくないなぁ・・・。」
そう呟き、懐にしまう。
そして、額環を見る。
青い宝玉が光っている。
(ふっ。)
渋々身につける。
姿見の鏡で確認する。
「・・・勇者か。」
気取ったポーズをとってみるが冗談がそこにいるという印象しか受けない。
「さて。」
そう呟き、青いマントを身に着ける。
まだ朝日は昇らない。
「いってきます。」
机に置手紙を残し、

勇者リュウは家を出た。

***

「オルテガ卿が一子。リュウ殿、参られました!」
呼び出しが声を張り上げる。
(親父、爵位持ってたのか。)
その声に見当違いな事を考えながらリュウは謁見の間を進む。
騎士は完全武装で直立不動の姿勢で、
文官は正装で少しも乱れの無い服装でずらりと並んでいる。
その間を進みながら、無礼にならない程度に、玉座に座る人物を見ていた。
(アリアハン国王リオン20世・・・。
大討伐の中心人物。
親父と神父と共に暴れまわった、
そしてあのノータリンな賢者を採用しているよく考えたら凄い人。)
そして国王の前で跪く。
「よくぞ来た!」
静かだが重たい声が謁見の間に響く。
「我が友、勇敢なるオルテガの息子、リュウよ。
既に母から聞いておろう。」
(ごめんなさい、会わずに出てきました。)
「そなたの父オルテガは戦いの末火山に落ちて亡くなってしまった。
しかしその父の後を継ぎ旅に出たいというそなたの願い、しかと聞き入れたぞ!」
リュウは頭を垂れながら周囲の気配を探る。
(ヴァイさんは国王の横にいた。
コトノは・・・。)
そのままの姿勢でなんとか後方を見る。
(いた。末席か。)
コトノを見つけて少しだけ気分を軽くする。
「そなたなら、きっと父の遺志を継ぎ世界を平和に導いてくれるであろう。」
(どうしてあいつはおろおろしてるのかね・・・。)
コトノとはレーベ以来会っていなかった。
久々の姿はいつものように威風堂々としたものでもなく
宮廷仕様の淑やかなものでもなかったため眉を顰める。
「敵は――。」
聞き流していた国王の言葉にリュウが肩を震わせる。
「敵は魔王バラモスだ。」
(バラモス・・・。)
その名を心の中に深く刻み込む。
憎むべき敵。
倒すべき敵。
この手で切り裂きぶち撒けても飽き足らぬ敵。
敵。
敵。
敵。
手のひらに爪が刺さるほど強く拳を握りしめる。
「――リュウよ、魔王バラモスを倒してまいれ。」
「拝命いたします。」
落ち着いた声でリュウは答える。
(間違っても、特にコトノとヴァイさんがいる前では取り乱しちゃいけない。)
小さな歓声でざわめく中、リュウは心を落ち着ける。
「しかし一人ではそなたの父オルテガの不運を再び辿るやも知れぬ。
賢者よ。」
「はい。」
横で錫杖を構えるヴァイが前に進み出る。
「若き勇者よ。
ルイーダの酒場に各国から集まった腕利きの冒険者たちが貴方を待っています。
そこで同行する仲間を見つけるがよいでしょう。」
「わかりました、賢者様。」
その様子を見て末席に立つコトノは笑いを必死で堪える。
(ダメだ!二人とも笑い堪えてるよ。)
ヴァイもリュウも真剣な顔と口調をしているが、
良く知る人物が見ていれば、それは取り繕っているだけだとしか見えない。
「仲間を見つけコレで装備を整えるが良いでしょう。」
そう言い、白いローブを纏った従者が皮袋を渡す。
「ありがとうございます。
必ずや魔王を倒し、安寧をもたらすことを約束いたします!」

(ずーっと気になってた。)

リュウは声を張り上げ勇者らしい発言を口にしながら、
謁見の間に入ってから感じている不安について考えていた。
「よくぞ言った!」
勇者の力強い言葉に周囲がざわめく中、国王が目を細める。
ヴァイがリュウの手を取り立ち上がらせる。

(どうして。)

「勇者の門出だ!」
国王が玉座から立ち上がり右手を上げる。

(どうして俺は。)

文官は再度姿勢を正し、武官は剣を掲げる。
「皆の者!」
ヴァイが微笑んでいる。

(どうして、俺は、帯剣が許されている?)

「討ち取れぇっ!!」

国王が嬉々としながら右手を振り下ろす。
その合図と同時に騎士と文官は一斉に壁際に下がる。
「な・・・!?」
驚くと同時に頭上より殺気が降ってくる。
「ちょっ!」
慌てて前に転がる。
先ほどまでリュウの立っていた場所に二人の兵士がいた。
床に剣を突き刺しながら。
「えぇっ!?」
一連の出来事より、その見覚えのある剣に驚愕する。
今から3週間前に配達した大量の銅の剣。
そのうちの2本が彼らの手に握られていた。
「・・・あと68本は・・・?」
床からゆっくりと剣を抜きながら兵士がこちらに向く。
「勇者リュウよ!」
側面に国王と共に退いたヴァイが声を上げる。
「君は今、本当に世界を救える力を持っているのかどうか、それを試されている!
今こそ勇者としての力量を国王と皆に示すのだ!」
(何だ、その嘘臭い言葉は!)
急いで兵士から距離を取りながらヴァイの言葉を聞く。
「これか・・・。『楽しいこと』って。」
配達の時にヴァイの言っていた言葉に心底溜息を吐く。
「わかりました!オルテガが一子、新たなる勇者の剣技とくと御覧あれ!」
自棄になりながらリュウが大声を出す。
「いざ!」
(ああもう、どうにでもなれ。)
リュウが静かに剣を抜き、上段に振りかぶりながら襲い掛かる兵士を見る。
(遅い。)
振り下ろされる剣の腹を左手で弾く。
「なっ・・・。」
リュウの行動に驚いている兵士の背後に回り首筋に剣を振り下ろす。
(片刃の剣でよかったね、あんた。)
倒れる兵士を一瞥する。
そして残った兵士に目を向ける。
そして目を剥く。
目を擦りもう一度確認するが間違いではない。
(やっぱり増えてる。)
ざっと見て30人ほど謁見の間で隊列を組んで構えている。
「リュウー!」
唖然とするリュウに遠くで押さえ込まれているコトノが声をかけてくる。
「なんですか!?」
「その人達!皆ナジミの!塔一人で攻略できる!くらい強いから気をつけて!あと敬語気味が悪い!」
言葉が途切れがちなのは口を塞がれていながらも声を出そうともがいているからだろう。
(気を引き締めなきゃいけないレベルですか・・・。)
剣を一度鞘に納めて一息つく。
(でもヒカルほどじゃねえ。)
納剣したまま兵士の一団に歩み寄る。
「ところで、どうして取り押さえられているんですか!?」
「ああ、もう放してってば!
あん!?助けに行こうと思ったら取り押さえられたに決まってんでしょ!?」
(ヴァイさんの命令ですな。)
コトノが捕まっている理由を想像する。
あと数歩で互いの間合いに入る。
「ま、黙って見ててよ。」
一気に踏み込み間合いを詰める。
兵士の1人が向かってくる。
あとを追って2人。
左右から3人ずつ。
交互に攻めることでリュウの行動を制限する。
(さてどうする。)
剣を避け捌きながらリュウは素早く考えを巡らす。
(呪文、は駄目だ。
やりすぎる。
殺っちゃいけないんだろうし。
となると峰討ちしかできねぇし!)
振り下ろした剣に体勢を崩した兵士の顔を足の裏で蹴りながらリュウがぼやく。
そして蹴った勢いでその兵士の上に乗る。
跳躍し、目標を定める。
兵士の密集している地点を見据える。
そして抜剣する。
「多少の怪我は覚悟してよ!」
振りかぶり、一人の兵士に向かい全力で振り下ろす。
その一撃に卒倒する兵士。
(よく訓練されている!)
倒れる者に目もくれず後ろの兵士が着地する寸前のリュウに剣を突いてくる。
(だが銅の剣は、剣士同士じゃ使わないほうがいい。)
リュウは剣を後ろに振り下ろす。
(銅の剣ってのはな!)
目算通りに兵士の突く剣とぶつかり、軌道がずれる。
「重い上に脆いんだ!」
床に向かって進む剣を上から踏みつける。
石床と剣と上から押される力。
剣は驚くほど簡単に折れる。
「次!」
武器を失い驚愕する兵士の鼻に肘を入れながらリュウは叫ぶ。
(あと66人!)

――正直、うんざりだった。
 





back
next

top