「おお・・・。」
周囲がどよめく。
その声すらリュウにとっては最早鬱陶しい。
「はぁ・・・、はぁ・・・。」
膝に手をつき、荒い息を吐きながら、頬を流れる汗と血を拭う。
兵士が近付く気配が伝わる。
(残り・・・。)
足元には破壊した銅の剣の山と、
(三人っ!)
打ち倒した67人の兵士が横たわっていた。
伏せていた顔を上げる。
視界内には一人。
左右に一人。
こちらの様子を窺っている。
(馬鹿が。)
リュウは肩を激しく上下させている。
(何をコシってんだか。)
正面の兵士に余裕の顔が浮かんでいる。
リュウの疲労の度合いを見て、己らの勝利を確信しているのだろう。
(畳み掛ければ終わってたのに。)
少しずつ、慎重に間合いを詰めてくる兵士を心の中で嘲笑う。
「ありがとう!」
ノーモーションで剣を突く。
(休憩する時間をくれて。)
その一撃に虚を突かれたものの、何とか避けた兵士。
(威力の有る無しくらい見極めろ。)
威嚇攻撃に踊らされた兵士は、防御姿勢の整わないままリュウの剣に倒される。
「一つ!」
即座にリュウの背後から襲い掛かる二人の兵士。
(騎士道大原則はないのかっ!)
振り向きざま腰から鞘を引き抜き、左手に持つ。
「ふっ!」
振り向く勢いを更に加速させ、剣を力任せに横に凪ぐ。
その一撃に突進の勢いを弱める。
(だからっ!)
踏み込んだことで発生した剄力を左手に集中させる。
「退くなっ!」
一気に鞘を相手の足に突き立てる。
脛に命中したそれは、手に嫌な感触を残す。
(二つ!)
兵士の足の骨を砕きながらリュウは最後の兵士のほうに
突きの勢いに任せて回転しながら倒れこむ。
(ラスト・・・。)
相手の体に体を預け、共に倒れこむ。
そして驚く相手の額に照準を合わせる。
(兵士相手は楽だなあ・・・。
予想通り驚いてくれるもんなぁ。)
握った柄を、力の限り、思いの丈、愛と怒りと哀しみと疲れ、を込めて眉間に叩き込む。
「あー・・・。」
兵士の苦悶の声をBGMにリュウが大の字に倒れる。
そして兵士が動かなくなって暫くたってから、
割れんばかりの歓声が謁見の間に響き渡った。
「うっせ・・・。」

***

「おつかれ。」
ヴァイがリュウを見下ろす。
「・・・疲れますよ。」
体を起こして悪態をつく。
「なんですか、この余興は。」
「うん、君のイメージアップ作戦。」
ヴァイが手を差し伸べてきたので、それを掴んで立ち上がる。
「なんですか、それ。」
「何だかんだ言って、君の評判は王宮で今一つだったからね。」
オルテガの訃報が伝えられた時、妻ルチアの言葉により、
オルテガ二世は新たなる勇者とされた。
当時、義務教育を終えようとしていた新しい勇者は、
アリアハン王宮において英才教育を受けるものと誰しも思っていた。
「君はそれを蹴った。」
剣の修行は王宮兵士の下ではなく、武器屋の下で。
魔法の修行は宮廷の下ではなく、酒場で。
須らく王国の庇護を拒んだ。
「いやー、流れで。」
真顔で答えるリュウに、ヴァイは目を細める。
「ふふ。僕は君の事を知ってるけど。
他の人は、特に勇者を教育する名誉を奪われたお偉いさん方がね。」
そして勇者の情報として伝わってくる物は、
これと言った修行をするでもなく武器屋として着々と成長しているとの事。
そして幼馴染と馬鹿騒ぎを繰り返す日々を過ごしているとの事。
「皆して君の事を甘く見てたんでね。
ま、これだけやれば。」
周りを見渡す。
司祭や僧侶が慌しく兵士の治療に駆け回っている。
「勇者として君を見直しただろうね。」
(・・・ふん。)
「ところで、コトノは?」
リュウが話を切り替えようと、宮廷魔術師見習いの事を尋ねる。
「ああ、しつこく君の救援に向かおうと尽力してたから。」
リュウは周りを見渡す。
騎士同士が興奮しながら話をしている姿は多数見えども、コトノの姿は影も形もない。
「とりあえず、捕まえて拘束しているはず。」
「ああ、そうだったんですか。」
リュウがヴァイの後方を眺めながら呟く。

「だから、コトノ縛られているんですね。」
ヴァイがゆっくり振り返る。
その顔に。
コトノの頭が。
突き刺さる。
「おぷ!?」
珍しいヴァイの悲鳴にリュウとコトノは妙な感激を覚える。
「むー!」
「はいはい。」
コトノが眉を吊り上げてリュウを睨み、
リュウはその意思を理解し猿ぐつわをと荒縄を外す。
「っぷぁ!大丈夫!?」
「まあ見ての通り。」
「傷だらけ。やーい。」
「かすり傷だっ。」
リュウの体中に走る浅い刀傷を見て笑うコトノに怒鳴る。
「まあ、無事で良かった。」
リュウの頬に走った傷に触れながら微笑む。
「うん。ありがと・・・。」
「おい、そこの賢者。」
コトノが顔を押さえて蹲っている賢者を蹴る。
「自棄に今日は怒りっぽいね。」
「当たり前よ。
いいから回復魔法かけなさい。」
「僕、上司・・・。」
「次は鼻圧し折るよ。」
可愛く微笑むコトノの言葉に押されて渋々魔法をかける。
「ったく。前もって知ったからリュウに伝えようとしたら、連日残業残業・・・。」
「だって教えたらつまらないじゃないか。」
「何で遊び心持たなきゃなんないのよ。」
コトノがヴァイを睨む。
そして拾ってきたのだろう、銅の剣をつきつける。
「どう見ても刃引きしてないじゃないの。」
「ぎりぎりの死線を超えた勇者ってことで素敵な好印象。」
「だから誰が喜ぶのよっ!そんなっ!事をしてっ!」

「私だが。」

ヴァイに噛み付く勢いで怒鳴るコトノ。
その背後からかけられた声にリュウとコトノが目を丸くする。
「こ。」
「国王。」
「余興、ご苦労だった。」
そこには先ほどまでの正装ではなく平民の着るような服に着替えた、
アリアハン国王リオンが立っていた。
「はい、終わったよ。」
ヴァイは回復を終えてリュウの肩を叩く。
そしてヴァイは国王に笑いかける。
「それにしても似合いますね。」
「まったくだ。鏡を見て笑ったものだ。」
「では、行きますか。」
「ああ。
ところで、いつまで固まっておる?」
硬直するコトノが恐る恐る口を開く。
「あ、あのリオン様・・・?」
「一応こんなでも上司だから敬うべきだぞ?」
「あう・・・。」
ヴァイを指差すリオンがコトノを萎縮させる。
(新鮮だ。)
リュウが見当違いの感動を覚える。
「その格好は・・・?」
すっかり縮こまったコトノに変わりリュウが国王に尋ねる。
「おう、オルテガの息子か。でっかくなったな。」
頭を撫でられる。
「あの。」
「ああ、酒場までついていこうと思ってな。
軽い変装だ。」
確かに国王と言っても近くで見ない限り気付きそうにない。
(庶民のオーラが漂っている・・・!)
リュウがその国王とは思えぬ着こなしに驚愕する。
「酒場に来られたって・・・。」
「勇者の仲間がどんな人間か。見たいではないか。」
(野次馬かよ。)
「あの・・・、王不在で良いのですか?」
コトノが控えめに尋ねる。
「今日の国王としての仕事は、勇者との謁見だからな。
緊急事態にならぬ限り問題は無い。」
「はあ。」
生返事を返す二人の横で見ていたヴァイが手を鳴らす。
「さて、もう質問は無いね?
うるさい大臣さんたちが気付く前に逃げるよ。」
「謁見の儀ってもう良いんですか?」
「乗り気じゃないのだろ?」
リオンの言葉に表情を固める。
「ならば、もうお開きにしてもよかろう。
勇者を無視して盛り上がっているようだしな。」
国王は周囲を見渡し、鼻を鳴らす。
いまだ、リュウの70人抜きに沸き立っている。
(労いの声をかけに来たのがヴァイさんと国王だけだもんな。)
「じゃ。行くよ。」
なんとなく、嫌な気分になりながらリュウはこっそり抜け出すヴァイの後ろに続いた。




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