(こわっ!)
リュウが酒場のドアを開けると、席に座り酒を飲む連中全てに一斉に視線を向けられる。
「らっしゃい。」
その一番奥のカウンターでルイーダが笑っている。
無遠慮な好奇の視線に晒される恐怖と戦いながらリュウが奥に進む。
「団体様だね。」
後ろに三人を引き連れてカウンターに着く。
「何で満席なの?」
「あんたのせいでしょ。」
大半が勇者と共に旅に出ることを望む冒険者。
残りが旅立つ勇者と選ばれる仲間を見物に来た野次馬との事だった。
「そんな訳で、席は予約してた。
カウンターでの会話が聞こえないくらいに席は離しておいた。
安心したまへ。」
「ああ、ありがとーござーます。」
棒読みで返すリュウに氷をぶつける。
「久しぶり。コトノ。」
リュウの隣に着いて、周囲を見渡していたコトノに声をかける。
ルイーダの言葉に反応し顔を向け微笑む。
「うん。リナ先生、元気してた?」
「本名禁止ー。」
コトノの口にパンを詰める。
「もがっ!?」
「んでヴァイはなんでここに?」
「この人の護衛。」
「で、その人は。」
「町人Aと思ってく「国王だよ。」
リオンの言葉をヴァイが遮った。
「・・・ヴァイ。」
「何か?」
「覚えておれ・・・。」
「ま、まあ、別に良いですよ?町人Aで扱いますから。」
少しだけ目を丸くしたルイーダだったが気にしない事に決めたようだ。
「・・・それはそれで嫌なものが・・・。」
「力いっぱい敬いましょうか?」
「勘弁してくれ。」
リオンが両手を挙げて降参のポーズをとる。
「で、リュウ。」
「ん。」
「仲間見当はつけてるの?」
「ああ、3人。」
「誰さ?呼ぶよ?」
「頼む。」
「・・・ちょっと、リュウ。」
コトノがリュウの脇を突付く。
「なに?」
「いつの間に冒険者決めてたのよ。」
「一昨日ここに来て名簿とにらめっこ。」
「ふーん・・・。」
「ほう、オルテガの息子のくせに準備が良いな。」
コトノの横でリオンがリュウを見て驚いている。
「そうですか?」
「そうだとも。
あの野郎の行き当たりばったり無計画ぶりは今思い出しても腹が立つ。」
(何したんだろ・・・。)
拳を硬く握り怒りに燃える国王を横目にリュウは水を飲む。
「んで、誰連れてくのさ。」
ルイーダが名簿を広げて待っている。
リュウは印をつけていた人物の名前をルイーダに告げる。
「えーっと、今から呼ぶ人こっちに来て!」
ルイーダが冒険者に向かって叫ぶ。
一瞬のざわめきの後、不気味な沈黙が訪れる。
(そんな期待するもんでもなかろうに。)
リュウが静かに溜息を吐く。
「戦士のラージアスさんー。僧侶のクルツさんー。魔法使いのガルシアさんー。
勇者さんがお呼びよー!」
おどけた調子で言うルイーダの声に反応して、落胆の溜息を一斉に吐く声が店中で響く。
その中、紅潮した顔で歩み寄る鎧を纏った男が。
静かに立ち上がる中年が。
そして、無愛想に歩く青年が。
リュウの前に立った。
リュウはその3人に向かって、微笑む。
「はじめまして。私はリュウといいます。」
丁寧に礼をする。
「・・・何故俺らを選んだ?」
無愛想な青年がこちらを睨む。
「名簿に書いてあった経歴を読んでです。
魔法使いのガルシアさん?」
「文章などで実力がわかるつもりか?」
「この名簿は誰が調べて作ったかご存知ですか?」
リュウがちらりと後ろでカクテルに舌鼓を打つヴァイを見る。
「一国の諜報部が編集した経歴です。
それなりに役立つと思います。
戦士上がりの魔法使いさん。」
「ほう、よく知ってるな。」
「あなたを選んだ理由は、魔法使い外れしたその体力と力、そして賢さを考慮したからです。」
「ふん。」
不適に笑う。
(了承したってことかな。)
「・・・いいかな?」
口元に髭を蓄えた中年が質問をしてくる。
「はい?」
「世界に平和をもたらすために旅に出ると聞いている。
そのために、ある程度しっかりした地力がないと厳しいのは分かっているつもりだ。
だが、共に旅をする以上、内面というのは考慮すべき重要な点じゃないのかな?」
「おっしゃる通りです。
ですが、私はこの酒場で初対面である冒険者と旅をすることは定められていました。」
「とどのつまり、お前にとって見れば誰を選んでも同じだったということか。」
ガルシアが口を挟む。
「なら強い者を探して連れて行く方がお徳だな。」
リュウはガルシアの言葉に苦笑する。
「クルツさん。
私があなたを選んだのは、諸国を廻ったというその知識と、
僧侶であることを期待してです。」
「治療を見越して・・・、ではないな?
・・・仲間同士のいざこざを収めろ、と言うことか?」
「意見の衝突、考え方の食い違い。多々あると予想できますよね?」
「ああ。」
「お願いできませんか?」
クルツがしばし瞑目したあと、にやりと笑う。
「力になろう。」
「じゃあ、俺はなんで選ばれたんだ?」
最後の戦士が不可解な声を出す。
「あなたは純粋に戦闘力です。
豪腕の斧使い殿。」
「おっ、俺のことも詳しいね。」
明るく笑う。
「前衛を務めるのに相応しいと思いあなたを選びました。
引き受けてくれますか?」
「おうよ!あのオルテガの息子のパーティの前衛だ!光栄だぜ!」
力こぶを作りながら笑う。
「では、改めて、おねがいします。」
リュウは新しい仲間に一礼した。
****
(薄っぺらい。)
背中でリュウの言葉を聞きながらコトノは髪を触る。
「その癖、変わらないね。」
ルイーダがコトノに笑いかける。
「ま、ね。」
「で、いいの?」
「リュウが良いって言ってるんだから。
ヴァイさまはどう思ってます?」
「そうだね。」
ヴァイはグラスを空にする。
「エールない?」
「昼間から何杯飲むつもりよ。」
ヴァイに呆れながらエール酒を注ぐ。
「ありがと。
大丈夫なんじゃない?
旅に出てから何度も衝突して傷ついて。」
「で、その後に傷ついた事は無駄じゃなかったね、と仲直り。
より一層絆が強くなるのか?」
ヴァイの言葉をリオンが笑いながら続ける。
「問題があることを前提に考えてるし、気にしなくていいんじゃないか?」
「あんた達冷たいわねぇ・・・。」
ルイーダが眼前の三人の様子に溜息を吐く。
「リナが甘いだけじゃない?」
「はい、減点ー。」
ヴァイの顔にレモンの輪切りをぶつける。
「本名禁止って言ってんでしょうが。」
「ま、何にしても。」
コトノがグラスを置く。
「あたし達が口を挟む事じゃない。」
後ろに視線を向ける。
仲間になった祝いに杯を交わしているようだ。
(ばか。)
「じゃ、あたし帰る。」
コトノが席を立つ。
「せっかくだから国王交えて飲まない?」
「恐れ多いです。」
「ふむ。仕事ないなら飲んでいけば良いだろう。」
「あんまりお酒強くないんで。」
「直帰?」
「ヒカルの所寄ってこうかと。」
「ゴロウの娘のところか?」
リオンが顔を向ける。
「知ってるんですか?」
「知ってるも何も・・・。」
「誰かあっ!!」
リオンが笑顔で喋ろうとしているとき、突然の大声に遮られた。
声は店の外から聞こえてくる。
何事かと思い三人は店から飛び出す。
ルイーダの酒場は、アリアハンの西端に存在している。
故に、店を出て少し進めば、西門にたどり着く。
西門の周辺には既に人だかりが出来ていた。
大声を出した人物を遠巻きに見ている。
「誰か!賢者様に、伝えてくれ!」
門の前で蹲りながら必死に声を絞り出しているようだ。
「コト。何があったの?」
リュウとその仲間たちがいつの間にか後ろにいた。
「わかんない。何かあったみたい。」
「レーベの兵士だよ。」
ヴァイが静かにリュウたちに告げる。
「レーベ・・・。」
(そのレーベの兵士がどうした?
何で慌てている?)
首を傾げ考え込むリュウとコトノを置いて、ヴァイは兵士に歩み寄る。
「賢者のヴァイだ。レーベで何があった?」
いきなり本人が現れるとは思いもよらなかったのであろう。
姿勢を正し、敬礼する兵士をヴァイは怒鳴る。
「礼などいらない。質問に答えろ!」
その声に謝りながら再び敬礼をする。
そしてどもりながら兵士はこう言った。
「ま、魔物が――凄い数の魔物がっ!!」