「まずいな。」
いつの間にかリュウの横にいたリオンがぼそりと呟いた。
「民が不安がるな。」
言葉通り、魔物が現れたというだけで、ざわめいている。
「まだまだ、大討伐前の傷は癒えていないか。」
不機嫌そうに語るリオンの顔を横目に見ながら、リュウはヴァイと兵士の所に近付く。
「落ち着け。」
ヴァイが兵士の肩を掴む。
「魔物は何処に現れた?そして数はどれくらいだ?既に襲ってきているのか?」
ゆっくり言われたヴァイの言葉に兵士が深呼吸を何度もしてから答える。
「魔物は、レーベの東に大量に。進行はまだです。」
「東ってどれくらいの距離ですか?」
会話にリュウが加わる。
「近くはないです。農地から少し行った所ぐらいに集結しています。」
(農地か。)
この間、耕してきた数多くの畑とその主である村人たちの顔を思い浮かべる。
「どれくらいいる?」
「それが・・・。」
言い辛そうに下を向く。
「報告をしろ。」
ヴァイが苛立たしく、続きを促す。
恐る恐る兵士が口を開く。
「数は、正確な数はわかりません・・・。」
「どういうことだ。」
「その、東側に、びっしりと・・・。」
一瞬、風景が思い浮かばず、疑問符を掲げる。
「びっしりって。」
「陸地が黒くなるくらいに。空と陸がモンスターで埋まっていて、
一刻も早く知らせに行けと言われて。急いでここに・・・。」
「・・・。」
「・・・リュウ。」
「はい。」
「理解できたかい?」
ヴァイが感情のこもらぬ声でリュウに訪ねる。
「したくなかったですけど。」
リュウが苦痛に満ちた顔で答える。
「今の報告を聞く限りだと。」
剣を思わず握り締める。

「推定数百万の魔物がレーベの東に集結している。」
その言葉を聴こえた者たちは凍りついた。

***

「リオン様。」
騒ぎ出す民に構わずヴァイは国王のところに走った。
「ああ。すぐに兵を集めるぞ。大橋よりこちらに魔物が来ないように備える。」
即座に対策を決め、急ぎ城に戻ろうとする。
「待て。」
二人をリュウが止める。
「何だ?今は一刻を・・・。」
「今の話だとレーベはどうなる?」
リュウが冷めた瞳を向ける。
「レーベに兵を今から送って間に合うかどうか、わかるだろ?」
「今いるレーベの兵力じゃどうなるか、わかってるでしょ?」
ヴァイとリュウが睨み合う。
「とにかくまずは兵を整えてからの話だ。」
埒が明かないと思ったのかリオンが二人の間に入る。
「・・・俺たちはレーベに行く。」
リュウの言葉に、三人の仲間と国王が目を剥く。
「お、おい!本気か!?」
ガルシアがリュウに掴みかかる。
「まだ、パーティの連携どころか、互いにどれくらい戦えるのか分かってないんだ。
無理はいけない。」
クルツはリュウを宥めようと諭してくる。
「で、でも、今アリアハンにいる魔物って・・・た、たかがしれてんじゃん。
所詮スライムや、大ガラスだろ?」
「数の桁が違う!
こちらもそれなりに数をそろえなきゃ死ぬに決まってんだろ!」
先ほどまでの明るさが何処かに行ってしまったかのように、
おどおど話すラージアスにガルシアが掴みかかる。
「お前死にたいのか!?」
「い、いやだけどよぉ・・。」
ラージアスがちらちらとリュウの顔を窺う。
つい先ほど仲間になったばかりのパーティのリーダーの意見に、
いきなり逆らうのが気にかかるのだろう。
「クルツさんよぉ!あんたは!」
「・・・我々の装備をきちんと見直してから決断していいのではないかと思っている。」
煮え切らない発言をする。
(つまり、行きたくないって言えばいいじゃない!)
眺めていたコトノが心の中で憤慨する。
リュウはそんな彼らの言い合いを、黙って見ている。
「勇者さんよ!どう考えても無理だと思うが、どうする?」
ガルシアは三人の意見をまとめてからリュウに声をかけてきた。
「・・・言い分は、わかりました。」
「言い分だとっ!?」
掴みかかろうとするガルシアを左手で制する。
「言葉遊びをしている時ではないでしょう?」
静かな瞳で見られ、ガルシアは沈黙する。
「私は、これからレーベに向かいます。」
「ちっ!だから無理だって!俺たちは!」

「一人で向かいます。」
唖然とするガルシアたち。
「ヴァイさん。兵が整ったら救援は来るんですね。」
「・・・ああ。」
「時間を稼ぎます。その間に。」
「間に合わなくても恨むなよ?」
ヴァイたちは一瞬笑い、そして一度頷くと城に向けて走り出した。
そして城からもらった皮袋を開く。
「共に行くか、残るか。
あなた達に任せます。」
そう言いキメラの翼をガルシアたちに三枚渡した。
「どんな選択をしても私は決して恨みません。
一緒に戦ってくれるならば、来てください。
ほんの少しでも戦う事が出来ないと考えなら、命を粗末にするべきではない。」
「・・・行かないって言ってるだろ。」
「構いません。
まだ会って一時間も経ってないんです。
そんなんで命を賭けれるほうがどうかしている。」
「・・・。」
押し黙る三人に背を向け、コトノとルイーダのところに近付く。
「あはは・・・。」
笑うリュウを心配そうに見る二人。
「そんな訳で、ちょっと行ってくる。」
「あんた、まさか。」
少しだけ泣きそうなコトノの肩に手を置いて、ルイーダがリュウを睨む。
「うん、ごめん。」
「ふざけないで!」
ルイーダの言葉にリュウは目を伏せる。
「でも、ダメなんだ俺。」
「いつまで引き摺ってんのよ!」
「レーベの人達は、大事なんだ。」
「あんたに係わり合いがないことでしょうが!」
「どんな理由でも。
大事な人が傷つくのは、もう勘弁だよ。」
リュウはルイーダの左目の眼帯をなぞる。
「コトノ?」
押し黙ったルイーダを見つめたままリュウがコトノを呼ぶ。
「ヒカルと親方にさ、ごめんって。」
「・・・自分で言いなさいよ・・・。」
コトノの髪の毛を撫でで、眉尻を少しだけ下げながら微笑む。
「ごめんね。」
リュウはキメラの翼を構える。
「じゃ。」
コトノから体を離す。

「――いってきます。」


 




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