「リュウくん!」
リュウが教会に入ってすぐ、レオナが近寄ってきた。
「どうしてここに?」
「王都に連絡があった。」
リュウは短く言葉を返す。
そして周囲を見渡してレオナに聞く。
「皆無事?」
「う、うん。まだ襲ってこないから。」
不思議な事に魔物は現れた時から一歩も動かなかった。
「そのおかげで、避難の準備出来てるんだけどね。」
「まだ、ね。」
いずれ襲ってくるという事である。
「村人、教会に集めてるの?」
リュウが周りのざわめきに負けぬよう少し声を大きくした。
礼拝堂には村人がびっしりと集まっている。
「ここが一番、人収容出来るからね。」
「男たちは?」
集まっている村人は老人と女性と子供であった。
「東門で駐在さん等と一緒に見張りつつ、防護壁作り。」
レオナの話によると、神父の陣頭指揮の下、男衆総出でバリケードを作っているとの事だった。
「東門だな。」
リュウが礼拝堂から出て行こうとする。
「待ってよ!」
レオナが慌ててリュウのベルトを掴み、呼び止める。
「一刻を争うでしょ。」
人手は少しでも多い方がいいとリュウはレオナに言う。
「そうじゃなくて。何か危険な事やろうとしてない?」
「何言ってんの。」
リュウが笑う。
(嘘。)
「俺は臆病者だぜ?危ないことは進んでしません。」
おどけるリュウをレオナは沈痛な表情で見つめる。
「だから、大丈夫。」
(嘘。)
「危なくなったらすぐ逃げるよ。」
「絶対?」
「ああ。」
「約束できる?」
「・・・約束する。」
「破ったらどうする?」
いつもなら笑いながら言う台詞。
今回ばかりは真剣に聞く。
「いつも通り。」
リュウは微笑む。
「好きにされるよ。」
蹴って殴って暴行の粋を極めてくれ、リュウが笑う。
その様子にたまらずレオナが手を振り上げる。
(人が心底、心配してるってのに・・・。)
リュウの笑顔に、勢いをつけて力いっぱい顔を両手で挟む。
肉を叩く音が教会内に響く。
(逆に私を励ましてどうするのよ。)
そして。
レオナはすこし背伸びをした。
「・・・祝福。」
「む、むう。」
「そして約束。怪我をしないこと。」
「あー・・・、努力する。」
頬を赤らめたリュウがレオナの頭をぽんと叩き、礼拝堂を出た。

****

「様子は?」
東門の上で様子を見ている神父に聞く。
「リュウか・・・。」
神父が顎をくいっと外に向けた。
急いで梯子を駆け上りリュウが神父の横に並ぶ。
「気味が悪い。」
神父が忌々しげに吐き捨てる。
「一歩も動かねえ。」
「口調が素に戻ってますよ?」
「うるせえ。」
どうやら大討伐の時は口が悪かったようだ。
「何がしてえんだろううな。」
下で、駐在騎士の怒鳴り声の響く中、
門に補強作業を施している男たちに目を向けながらリュウに尋ねる。
「出来すぎだよね。」
「あん?」
神父が、自分がした質問の返答とは思えぬ言葉に思わず不機嫌な声を出す。
「勇者が旅立つ日に、しかも謁見の儀が終わり仲間を揃えた瞬間にこれだよ。」
リュウが集結しては静止し増加する魔物たちを見る。
「おかしくない?」
「考えすぎだろ。」
「前兆はあったのに。」
「前兆?」
神父が尋ねる。
「魔物が消えてたこと。
アリアハンから徐々に北西へ減って行き、レーベ周辺から東へと。
まるで波が引いてくみたいにさ。
そして山間部以東は調査を控えてたでしょ。」
(ヴァイ。隠してたの、ばれてるぞ。)
遠い王都にいる賢者に悪態を吐く。
「てかよ、仲間って、どいつの事だ?」
先ほどのリュウの言葉を思い出す。
「ん?」
「さっき揃えた仲間とか何とか。」
「ああ。」
リュウが剣を握りながら答える。
「そんなのは――。」
 
*****

「どうする?」
コトノがヒカルに尋ねる。
「愚問って言葉をこの前覚えたよ。」
ヒカルが着替えながら答える。
「ところで、どの『どうする』なの?」
「そうね。」

******

(さて、どうする。)
リュウは一人立っている。
目の前の景色は黒一色。
「いや黒が七、他が二。普通の景色が最後の一。」
思わず笑みがこぼれる。
『何考えてんだっ!』
リュウの脳裏に先ほどの神父の怒声が思い返される。
「あれにゃ、指揮者がいる。」
リュウが自分の予想を神父に伝える。
リュウの旅立ちを狙って仕掛けてきたのだ、偶然とは考えにくい。
「そして目的は勇者―俺だ。」
「お前の妄想だろ。」
「そう?」
「第一、理由が無い。」
「民の希望が旅立ったと同時に潰れた。
敵の性格は知らないけど、効果的にアリアハンの民にダメージが予想出来んじゃん。」
リュウの言葉に神父が沈黙する。
「・・・だとしたら、あいつらは何で動かないんだ?
王都にでも攻め込めばいいだろ。」
「安全な策を採ってるんでしょ。」
リュウが鼻を鳴らす。
「勇者というカテゴリーに俺を当てはめているなら、
魔物が集結しているのを見逃せないと、戦いを挑むと予想した。」
人差し指を折りながらリュウは呟く。
そして中指を折る。
「もしくは、俺という人間を調べていて、
レーベを人質に取ればどんな事があっても出てくるって事を知っていたか。」
どちらかだ、とリュウは笑う。
「俺は後者を推すね。」
「どっちにしても。」
神父がリュウを睨む。
「お前が目標だとしたら、このままお前が篭ったり、城に戻ればあいつらの目的は果たせないだろ。
このまま止まったままエンドだ。レーベを襲う意味も無いし、騎士隊の討伐準備も調う。」
リュウの肩を掴む。
「とっとと城に帰れ。」
「わかってない。
てか頭弱い。」
リュウが神父の腕を握る。
「俺が後者を推したのはだ。
こいつら、俺が出て来なかった場合レーベに攻め込むからだ。」
「・・・根拠は。」
「俺がこの村人が好きという点、
村人に救われたという過去から絶対に俺は独りでも戦いに来るって理解してんだよ。」
(本当に良く調べている。)
リュウは唾を吐きながら、心の中で敵の指揮者に舌を巻く。
「・・・で。どうするんだ?」
神父は苦虫を噛み潰したような顔でリュウを見る。
「止まっている間は、門の補強を手伝うけど。」
魔物を見据える。
「多分あいつら、増援が終わったら、攻めてくる。」
今も尚、魔物の数は増えている。
「そうなったら迎え撃たなきゃ。」
「篭城でもいいじゃねえかよ。」
「駄目。」
リュウが首を振る。
「畑が潰れる。」
「は!?」
東門から暫く農地が広がっている。
確かに魔物が進行してきたら農地は潰されるであろう。
「せっかく皆頑張ったんだから、ね。」
そう片目をつぶり神父に笑いかける。
顔を赤くした神父が罵声をあげると同時にリュウは門から降りた。

******

「どうする?」
ルイーダの酒場で、ガルシアたちが奥のテーブルで頭を突き合わせている。
テーブルの上には勇者に渡されたキメラの翼が置かれていた。
「俺は死ぬのはごめんだ。」
ガルシアが当然といった風に言う。
「だが、勇者の仲間として、ここで宣言されて、
誓いの杯まで交わしたというのに逃げ出すのは、不名誉極まりない事だぞ?」
クルツが苦々しく口にする。
「だからって死ねっていうのか!?」
「ここで逃げてもその後の事を考えろって言ってるんだ!」
眉を吊り上げ、何度目かの口論が始まる。
ただ周囲に聞こえぬよう小声で行われるそれは、既に周囲から冷ややかな目で見られている。
「死ぬよりましだろ!生きてりゃ何でも出来る!」
ガルシアは卓を控えめに叩きながら主張する。
「・・・くっ。せっかく凄い名声が得られると思ったのに・・・。」
「ならあんた一人で行きな。俺はとんずらこく。」
ガルシアが背もたれに身を任せる。
「・・・名誉じゃ飯は食えねえよ・・・。」
巨体を精一杯縮こまらせて二人の言い合いを聞いていたラージアスがクルツに向かって呟く。
クルツはその言葉にうな垂れて、最終的には頷いた。
「あんた、諸国廻ってたって言ったよな?何処かあては無いか?」
「・・・まずアッサラームだ。そこからバハラタ辺りに身を隠そう。」
貿易の交差点、中継所とも言われ各国の商人の坩堝である交易街。
そこで足取りを誤魔化し、近くのバハラタに向かうということだった。
「そうだな。まったく勇者って奴の名は厄介だよ・・・。」
おそらく逃げ出した後、勇者を見捨てたものとして彼ら三人の名は噂となり各地に伝わると思われる。
例え今回の魔物の襲撃で勇者が生き残ろうと死に絶えようとも。
彼ら自身、冒険者の実力がそれなりに高いため、
本来なら何処へ行こうとも食いっぱぐれる事は無いのだが、
噂により働き口が減ることは安易に予想できた。
「こんなことなら、アリアハンまで来て登録なんかしなきゃよかった・・・。」
ラージアスが頭を抱える。
クルツは沈痛な表情で瞑目している。
「言ったって始まらねえだろ。」
ガルシアが席を立ち、キメラの翼を持つ。
「とっととずらかるぜ。」
その言葉に二人は、重くだが、頷きガルシアの後に続く。

「何処に行くの?」
店の前には勇者と一緒にいた少女がポニーテールを揺らしていた。




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