「どうしよう。」
ずいぶん長く沈黙が続いていた魔物の群れから、うなり声が聞こえ始めた。
それと同時に大量の大ガラスが羽ばたき始める。
青いスライムが波打たせている。
角の生えた大兎が前傾姿勢をとる。
アリクイの大きい奴が舌を出し入れしている。
「来る・・・、か。」
リュウは攻撃態勢に入り始めた魔物を見て、覚悟を決めた。
組んでいた腕を解いて、剣の柄を握りしめる。
(・・・来たーっ!)
そして雄叫びを上げながら突っ込んでくる大ガラスを先頭に、
黒い山が進軍を開始した。
リュウは納剣したまま魔物の群れに走り出す。
(主導権は、貰う!)
空から急降下してくる大ガラスに向かい左手を伸ばす。
(上からの攻撃は嫌なんでね。)
へその少し下が重くなる。
魔力が煉られている証だ。
体内で純度の高められた魔力が左手に血液と共に流れ込んでいくイメージが脳裏に浮かぶ。
イメージに従い魔力が手の平に集約される。
そして、意味持つ言葉を紡ぐ。
(俺のペースで闘わさせてもらうからな!)
「ギラッ!!」
魔力を解放する。
「ふんっ!」
閃熱呪文の発動と共に左手を横に凪ぐ。
熱線がカラスの群れの中心を捕らえ、横に移動したことで、
横一列に存在した大ガラスが炎に包まれながら落ちていく。
リュウが大ガラスを十数匹撃ち落し、それを視界の端で確認した時、
同時に下から角が5、6本顔を目掛けて跳ね上がる。
「ぬ、お!」
横に飛びのき回避するが、既に周囲は魔物に囲まれている。
下からはスライムが四方からは大アリクイと一角兎が襲い掛かってくる。
「おおおおっ!」
下から来るスライムを右足で踏み抜きながら、リュウは抜剣する。
一瞬の間の後、
悲鳴と共に、四方より血液が舞う。
「・・・。獅子王瞬煌ってか。」
円を描くように振った剣の一閃で襲い掛かった魔物をほとんど斬り伏せる。
辺りにむっとした血の匂いが広がる。
魔物が手の届く範囲からいなくなったため、一息つけたが、
一呼吸終わらぬうちに第二波がリュウを襲う。
(きついっ。)
誇張抜きに言葉通りに休みの許されない戦いに、心中でぼやきながら、剣を闇雲に振る。
「くそぉっ!」
終わらない戦いが始まった。
******
(どうしよう。)
コトノは後悔していた。
ヒカルの支度にまだ時間がかかるようだったため、
一先ずリュウの仲間たちの様子を見に酒場まで来たら、ちょうど出てくる所だった。
(リュウの救援に行くのかな・・・。)
そう思い、彼らの表情を素早く観察するが、
どの顔も酷く重たい。
決して、意気揚々とパーティリーダーを助けに行く顔ではなかった。
どちらかといえば、
(尻尾巻いて逃げ出す顔・・・。)
コトノは心の中で違う可能性を模索するが、彼らの情けない表情を見て一気に血液が頭に昇った。
そして思わず口に出してしまったのだ。
自分に出来る最高の最悪に多量に過多に悪意を込めて。
『何処に行くの』と。
「お前は・・・勇者の女か。」
ガルシアがリュウの横にずっと眼前の少女がいた事を思い出す。
そして何とはなしに口にした。
その顔にコトノの右ストレートが迫る。
「うぉっ!?」
「誰がリュウの女よ・・・!?」
コトノが顔を赤く染め上げながら、激昂している。
「訂正なさい!」
「・・・てめぇ・・・。」
ガルシアに向かい指を差すコトノに完全に怒りを剥き出す。
その様子に焦ったクルツたちが宥めにかかった。
「馬鹿。ここで騒ぎを起こしてどうする。」
「あんな小娘に喧嘩売られて黙ってられるか!」
「抑えろよ。早く逃げないと抜け出し辛くなるぞ。」
ガルシアは舌打ちをし、渋々だが、怒りを治めた。
「お嬢さん、私たちは急がなければならないんだよ。」
ガルシアを後ろに下がらせ、クルツが人の良さそうな笑顔でコトノに語りかける。
「リュウを助けに行くの?」
「ああ、そうだ。」
クルツが頷く。
「君にとって大事な友人なのだろう?
今この時も危険な目にあってるかもしれない。」
「なら、何でリュウがレーベに行った時一緒に行かなかったのよ。」
「あの時は情けないことに、まだ覚悟が決まっていなかったんだ。」
クルツは渋面を作り、頭を振る。
「だが、あの後話し合ってね。
勇者リュウを失う訳にはいかんだろ。」
コトノの肩に手を置く。
「まだ、今から急げば間に合う。
リュウをここで死なせる訳にはいかない。」
「おじさん。」
力強く拳を握り熱弁するクルツにコトノが微笑む。
「下衆がリュウの名前を気軽に口にしないでくれる?」
そして肩を掴むクルツの腕を弾く。
「あいつの名前が穢れる。」
細められた瞳が怒りに揺れている。
「な、何を。私たちは勇者に選ばれた仲間だ。」
「そして今見捨てた仲間でしょ?」
「何を馬鹿な。」
「はっ!わかんないとでも思ってるの?」
コトノが嘲笑する。
「酒場では自信気に話していたくせに
今じゃ通行人の行動に過剰なまでに反応してる。
少しでも人が近付くと途端に声が小さくなる。
人の視線が向くたびに不安そうになる。
そんなんで『助けに行く』?
何処の口がそんな事言えんのよ。
冗談のつもり?
言うならこう言いなさい!
びびったから逃げますって。
ふざけんのもいい加減にしてよっ!」
コトノが大声を上げて怒る。
(この期に及んでも・・・!)
年端も行かない小娘に侮辱とも取れる言葉を吐かれたにも拘らず、
目の前の男たちは、コトノの大声への周囲の反応に気を向けている。
その情けない姿にコトノの怒りが最高点に達する。
「あんた達みたいな、ゴミなんて!端から冒険者なんて名乗んじゃないわよっ!」
おろおろと周囲を確認する僧侶に、コトノは平手をぶつけようと思い切り振りかぶる。
「・・・ぅぜえ。」
その腕を横からガルシアに掴まれる。
「離してよ!」
暴れるコトノを無表情で見下ろす。
「黙れよ。」
ガルシアはコトノを掴む腕に力を込める。
「さっきから黙っていればキャンキャン鳴き喚きやがって。」
「触んないでよ!離して!」
コトノが必死で抵抗をするがガルシアは哂いながら後ろの仲間に下卑た声をかける。
「は!見ろよ、さっきまで散々言ってたくせにビビってるぜ?」
「ガキ相手にしてないで、とっとと行こうぜ。」
二人は周囲を気にしながらもガルシアに哂いを返す。
虐げられる人間を見るのが、彼らの心にとって良い気晴らしになったようだ。
(こんな奴らに、嘲笑われるなんて・・・。)
リュウを見捨てた屑に、抵抗したくても出来ない自分の非力さが悔しくて、
あまりの悔しさに思わずコトノは目の端に涙を浮かべる。
「泣かせるなよ、可哀想だろ。」
クルツの笑い顔に思わず鳥肌を立てる。
(気持ち悪い。)
コトノの気持ちなどわかるはずもなく、紳士ぶって涙を指で拭こうとする。
その行為に心底嫌悪したコトノは唾をクルツに吐きかける。
「気持ち悪いのよっ!」
「・・・っの、あまがぁっ!」
顔を怒らせながら拳を振り上げるクルツ。
コトノは目を固く閉じて、数瞬後に来る衝撃と痛みに備える。
「そこまで。」
予想した痛みは暫く経ってもコトノに届くことはなく、
代わりに凛とした少女の声が耳に届いた。
恐る恐る目を開いた時、赤毛の少女が剣をクルツの瞳の前に突きつけていた。
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