「神父様はっ!?」
レオナが大声で叫ぶ。
門の前では、男たちが障壁を破ろうとしている魔物に、
上から投石したり熱湯をかけたりしている。
「北門だっ!向こうにも魔物が出たらしい!」
一人の男がレオナに答える。
レオナはその言葉を聞くや否や北門に向かって走り出した。
(もう進行してきた・・・!)
先ほど、遠くから耳をつんざく程の爆音が、おそらく魔物の咆哮と大地を駆ける音だろう、
聞こえ始めてから暫くして、村が騒々しくなった。
(どうしようどうしようどうしよう。)
東門に徐々に魔物が現れ始めてきたのだ。
数は少なく、魔物の強さから見て、おそらく迎撃できるだろう。
だが神父の指示により、男たちは門から追い払い続けている。
「神父さまっ!」
レオナは東門の外に発生している竜巻に向かい叫ぶ。
「レイか!どうした!」
「手伝いに!」
神父は周囲を素早く見回し、魔物がいない事を確認してから門に走ってくる。
「魔物が来たことが気になったか?」
教会に、魔物が攻めてきたという情報が伝わった時、レオナは急いで飛び出した。
「教会の人達が混乱するだろうに。」
「一応、何人かの男の人に守りに就いてもらってから来ましたけど・・・。
大丈夫だったんですか?」
「こっちは問題ない。東門はどうだった?」
「向こうも問題なかったみたいです。怪我人もいませんでした。」
「迎撃に出てたりはしてなかったか?」
「はい、追い払ってただけでした。」
「そうか。」
神父が安堵の息をつく。
「なんで討って出たらいけないんです?」
「素人が戦闘して良い例がないんでな。」
下手に攻撃して反撃されたら、体力の少ない村人のことである。
怪我だけでなく命を落としかねない。
「北門に攻めてきたから、伏兵かと思ったが・・・。」
メイスを持ち直しながら門外を見る。
「ただ迂回して来たら、ここに辿り着いただけみたいだな。」
後続が続かないことから、神父はそう判断した。
「東門に戻るぞ。何人か見張らせれば、ここは大丈夫だろう。」
神父が東門に向かい歩く。
レオナがその後を小走りに続く。
「あ、あの・・・っ!」
「なんだ?」
「魔物が攻め込んできたって事は・・・。」
神父がレオナの方へ顔を向ける。
レオナの顔は青ざめていた。
「リュウが殺られた、と思うか?」
「いいえ!絶対にありえません!」
大声で即答する。
だが、魔物が門に続々と辿り着くという事が出来ている。
リュウが魔物の大群を押さえているはずなのにである。
その事実がレオナの不安に拍車をかける。
「リュウ君がそう簡単に負けるはずがないんです・・・。でも。」
「気にするな。」
神父が前を向き力強く言う。
「ここまで辿り着く魔物は、討ち漏らしか、偶然だ。
あいつはまだ生きて奮闘している。」
東門まであと10数歩の距離。
見えるのは、ぱらぱらと寄ってくる魔物を追い払う村人の姿。
「じゃなければ、今頃もっと大挙して攻めてくるに決まってんだろうよ。」
レオナが大げさといえるほどの仕草で肩を撫で下ろす。
その様子と門を見て、そして時間を頭で計算しながら神父が口を開いた。
「レイ。」
****
ヒカルの剣の切っ先が、言葉通りクルツの瞳の一寸先で止められている。
「失明させたくなきゃコトちゃん離してよ。」
ヒカルはガルシアに冷たく言う。
「あん?お嬢ちゃんはすっこんで。」
キン。
ヒカルの剣が小さく鍔鳴り、鞘に納まった。
「コトちゃん、ごめんね?遅れちゃった。」
コトノは、ガルシアから受けていた力が、突如無くなり思わず後ろに転びそうになる。
「え?」
二つの疑問の声が重なった。
音源の一つはコトノから。
(なんで?)
残る一つはガルシアから。
(なんで・・・。)
ガルシアは不思議そうに自分の指を眺める。
ゆっくりと落ちていく自分の体の一部。
(なんで俺の指が、落ちる?)
そして四指が地面に着いた時。
「うわああああああああっ!!」
ガルシアの口からは悲鳴が、彼の指から血液が溢れ出た。
「っと。」
ヒカルは倒れそうになっていたコトノを支える。
そして手を引き、ガルシアの血液がかからない位置まで移動させる。
「少しは後先考えて怒ってよ。
めっ。」
ヒカルは眉毛を少しだけ上げて、コトノを見る。
コトノは呆然と、騒ぐガルシアを見ている。
「ちょっと・・・、やりすぎじゃ。」
「リュウを見捨てて逃げようとしたんでしょ?」
ヒカルが口を尖らせる。
「何で知ってんのよ?」
「この人達、冒険者なのに、既に魔物と戦わないチキンって話で有名だよ?
その辺の件も尾ひれとか付いてるかもしれないけど、すっごい噂。」
「まあ、そうでしょうね。」
勇者の旅立ちという事で人々が注目していた時のことである。
勇者を見捨てた冒険者という事で哂いものとなるのは容易に想像できた。
「そのお陰でリュウの株が急上昇。
すっごいむかつくね。」
「まったくよ。
じゃなくて、だからって・・・。」
「てめえっ!」
ガルシアが止血のため手首を固く握り締めながらヒカルを睨む。
「何しやがる!」
クルツがガルシアの指を拾い、回復魔法を施そうとしている。
ヒカルはつまらなそうにガルシアを見る。
「戦わない冒険者なんだから、武器握ることもないでしょ?
じゃあ、いらないんじゃない?」
「ふざけんな!」
怒る事が心外だと言ったようなヒカルの態度にガルシアが叫ぶように怒鳴る。
耳を押さえながらヒカルは顔を背ける。
「煩いなぁ。あなた、正規の魔法使いじゃないでしょ?」
「・・・どうなるか分かってんだろうな・・・。」
ふざけた態度を改めないヒカルにガルシアは殺意を剥き出した視線で睨む。
が、ヒカルがガルシアの方に向き直り、視線がぶつかった時。
ガルシアの態度は即座に弱弱しくなった。
「どうなるって?」
まだ幼さに溢れるその顔からは想像も出来ない程の殺気がヒカルから発せられている。
「あたし達のリュウを見捨てて逃げる奴らが何か出来るって言うの?」
柄に片手を当てながらヒカルが静かに怒る。
「やめた方がいいよ?
今の所、
『勇者に意気揚々と自分らを売り込んだけど、
いざ戦うとなったら怖くて勇者を見捨てた冒険者の風上に置けない臆病者』
って噂だけど。」
ヒカルが顎に指を置いて上を見上げる。
「その上、
『周囲の噂に苛立ち、正論を言ってきた少女に逆ギレして襲い掛かったら、
あまりにも弱くて返り討ちにされた連中』
ってなるよ。」
口調の明るさからは考えられないほどの憤怒の表情をヒカルは浮かべる。
「・・・んだと・・・。」
ヒカルの雰囲気に呑まれたガルシアが弱弱しくだが反論しようとする。
「一応冒険者の端くれなら、力量の差わかるくらいでしょ?」
三人は重々しく沈黙する。
むしろ、体を縮こめてヒカルに怯えているかのようである。
その余りの覇気の無さにヒカルは嘆息する。
「・・・とっとと消えて。」
ヒカルはそう言い、力を抜いた。
「・・・くっ。」
クルツは悔しそうに呻くと、他の二人を伴い、ヒカルの横を通る。
「・・・覚えてやがれ。」
ガルシアは、とりあえず繋がった指を押さえながら捨て台詞を吐く。
その言葉が言い終わるや否や、ヒカルがガルシアの喉元に剣を突きつける。
「ひっ!?」
ガルシアは短い、情けない悲鳴を上げる。
そのガルシアの前にコトノが手の平を突きつける。
「その前に。」
「・・・?」
不思議がるガルシアに二人は揃って微笑んだ。