リュウは、正直、魔法は得意ではない。
特に制御が苦手であり、常に最大限に魔力を放出しなければならない。
全力で魔法を放つたびに、頭が白くなり、精神が頭頂から吸い出される様な気になる。
(だが、それさえ堪えれば!)
歯を食い縛り、気を保ちながらリュウは魔法を放った。
「はぁっ、はっ、はぁっ・・・!」
ギラの一撃で、周囲の魔物を一掃する。
(堪えれば、少しだけ、休める。)
不規則になるほど荒く呼吸をする。
そして、ほんの少しだけ体の力を抜く。
(しっかし、なんでかね。)
空を仰ぎながら呼吸を整えようとする。
あと10回も呼吸すれば、肺は正常に動くようになり楽になるだろう。
「ああ、もうっ!」
だが、リュウはまだ呼吸が整わないまま、剣を振り下ろす。
リュウ目掛けて突っ込んできた大ガラスが黒い羽を撒き散らしながら二つに別れる。
振り下ろした剣を横に向かって凪ぎながら、走り出す。
(こう、小出しに、攻めてくるんだ!)
先ほどから、ずっとこの調子だった。
何体かが一気に攻めてきて、それをリュウが何とか倒す。
少しの間が開いてから、第二、第三波が迫ってくる。
これがずっと繰り返されているのであった。
(いったい何だ?)
今度は20匹ほどの一角兎が八方から攻めてきた。
リュウは数の比較的少ない方に向かい剣を振り回す。
(指揮してる奴の狙いは?)
即座に3匹を切り倒し、駆け抜ける。
追ってくる一角兎。
その気配を察知し、少し走った所で振り返る。
そして突進してくる兎を一匹ずつ切り伏せていく。
(不定期に襲わせる事で、疲労させることか。)
最後の一角兎の血を剣を振って払う。
(それとも。甘い攻撃を繰り返すことで誘ってるのか。)
今度もまた、少しの間を置いて襲い掛かってくる。
「くそっ!」
終わる事が無い。
意味が分からない。
この2つがリュウの焦燥感が増していく。
(そうか!)
2匹のスライムを一振りで両断する。
(この焦りが目的か?)
自問自答を繰り返していることで、まだまだ頭は冷静に働いていた。
焦りで剣が鈍くなる事もまだ無い。
(そう簡単に、策には乗らん!)
リュウが大アリクイの頭を貫く。
そして、残心を取りながら次の魔物に向かって走り出す。
その足元に緑色のスライムがいる事にも気付かず。
****
「レイ、お前リュウを助けに行ってこい。」
神父が言った言葉にレオナは目を丸くする。
「へ・・・?」
「嫌だったか?」
「いいえ!是非!」
そして慌ててぶんぶんと首を振る。
神父は門を睨んでいる。
「俺は、ここを動けない。
この村で戦える奴ってのは少ないから、
何かあった時の為に待機してなきゃいけない。」
もしかしたら、村の戦闘できる者がいなくなった隙に逆方向から攻めてくるかもしれない。
そうなったらレーベはほんの少しの時間で滅んでしまう事であろう。
「だが、リュウも多分もうすぐ限界だと思う。
こっちの体勢も落ち着いた。怪我人が出たとしても俺一人でどうにかなる。」
そして神父はレオナの頭を撫でる。
「それに、心配していたのでしょう?」
レオナが飛び出したのは、魔物が襲ってきたという報せを聞いたからであるが、
それは、食い止めている筈のリュウの身に何かあったのではと考えたからだ。
レオナは自分の考えが理解されていた事に少しだけ目を細める。
「・・・急に口調元に戻さないでくださいよ。」
「戦闘モード以外はこれで行くと遥か昔に誓いましたからね。」
そういうと、レオナに腰に装着していた、武器を渡した。
「棘の鞭・・・?」
不思議そうにレオナはそれを受け取る。
「私、これ使った事・・・。
てか使えないと・・・。」
「確かに僧侶の武器ではないですが。」
神父はにやりと笑う。
「俺の弟子なら使える。」
(んな、無茶な。)
レオナが鞭を伸ばしたり弛ませたりしながら眉尻を下げた。
そのレオナの様子を気付かないのか、無視しているのか。
どちらにしても神父は顎に手を当て、ぶつぶつ呟いている。
「神父様?」
その様子にレオナが不審気に尋ねる。
「あ、ああ。ちょっと一つ予定外でな。」
「予定外?」
神父が苛立たしそうに頷く。
「リュウに救援を向かわせるって言っても、俺たち以外に戦える奴って兵士くらいだし。
お前だけ行かせるってのも無謀な話だろ?
でも兵士は防御のために動けないし、村人とかいう素人持って行っても邪魔なだけだし。」
頭を掻き毟る。
「予定じゃ、もう着いてるはずなんだが。」
「予定って?」
「ああ。人数は予想できないが、何人か助っ人がやってくるはずなんだ。」
神父が空を見上げて、溜息を漏らす。
「予想以上に遅い・・・。」
神父は考えを巡らす。
(多分、リュウはまだ、なんとかいける。
だがそんなに待てるほど時間は無い。
もう少し待って・・・、来なければレイだけでも行かせるか。)
そう考えをまとめ、レオナに伝えようとした時、教会の下に光が。
移動呪文かキメラの翼を発動した時に出る光が見えた。
「おせえよ。」
神父は、その光に苦笑を浮かべた。
******
(まずった・・・。)
リュウは揺れて、ぶれる視界を、頭の中で必死に補正しながら対象に剣を当てる。
2度目の攻撃でヒットした攻撃はキャタピラーをなんとか輪切りに出来た。
そして、ふらつく足を叱咤しながら走り続ける。
(攻撃が止まない・・・。)
先ほど受けた攻撃から、ずっと休むことなく、
そしてそれまでの魔物とは強さが違うキャタピラーやサソリ蜂、
お化けアリクイが主として攻撃を仕掛けてくる。
(足を止めたら、やられる。)
鈍る頭で今すべき事を考える。
(止まったところに殺到されたら、
今の俺じゃ死は確定みたいなもんだ。)
リュウはそう判断し、ひたすら魔物の間を駆け抜け続けている。
(でも、長くは続かんな。)
状況を忘れ思わず苦笑する。
(ああ、もうバブルスライム大っ嫌い!)
先ほど、魔物に攻撃を仕掛けた後、突如足元が熱くなった。
その突然の痛みにリュウは思わず呻きながら倒れこんだ。
慌てて確認した時、右足をバブルスライムが包み込んでいた。
リュウが青ざめながらも、急いで魔法発動のための精神集中を始める。
「こ、の!メラ!」
炎がリュウの足ごとバブルスライムを包み込む。
小さな悲鳴みたいな音を残して、スライムは蒸発した。
(まずいまずいまずい!)
リュウが慌てて背中の小さなリュックに手を伸ばす。
(しまったやられた不覚だ。)
リュウは毒に侵された。
メラの炎のお陰で毒素は多少焼けたものの、
それでもかなりの量の毒が体内に侵入したようだ。
毒の性質上、すぐにどうにかなると言う物ではない。
だが、確実に毒はリュウを蝕んでいく。
遅効性のバブルスライムの毒は、眩暈、発熱、倦怠感を徐々に起こしていく。
普段ならば落ち着いて教会に行き、深刻になる前に解毒してもらうのだが。
(毒消し草毒消し草毒消し草!)
必死にリュックの中をまさぐる。
(大丈夫、3つは持ってきている。今すぐ使えば、問題ないはずだ。)
毒消し草は、元来、すり潰したり加工したりして患部に塗る、もしくは当てるものだが、
食べて摂取することでも、効果は下がるが解毒することは可能だった。
リュウが口にしようと毒消し草を取り出そうとしているとき、
タイミング悪くキャタピラーとフロッガーが大挙して襲ってきた。
「くっ!」
剣を振り、追い払って服薬しようとするが、今度の魔物たちは簡単に退いてくれない。
(薬を使う暇がないっ!)
そうして、なんとか撃退しながら、毒消し草を使うタイミングを探していた。
(向こうの指揮者の狙い、焦らせる事じゃなかったか!?)
リュウの剣閃が人面蝶を薙ぎ払う。
(なんてことは無い、一風複雑に見えた単調な攻撃パターンで仕掛けてきて
こちらがそれに気付き、慢心で油断した瞬間、伏兵が襲いかかる・・・!)
リュウは唇を噛み締める。
(毒に侵されたら、あとは休む間もなく攻め立て、そして仕留める。)
敵の策に嵌ってしまったことを後悔する。
「くそ・・・。」
お化けアリクイの爪がリュウの肩を裂く。
(まだ・・・。)
フロッガーの体当たりがリュウの姿勢を崩す。
(まだ!)
リュウが前のめりに倒れながらも魔物を斬る。
(やってみせる!)
そして前転して立ち上がると同時にギラで凪ぐ。
閃熱が周囲を燃やし尽くす。
「くぁ。」
魔力を出し尽くした為か、
激しく動き回ったせいで毒の進行が速くなった所為か、
リュウの頭が眩み、その場で少しふらついた。
その一瞬の隙に。
棒立ちするリュウの足に、
突進してきた一角兎の角が突き刺さる。
「がっ!?」
堪らずに膝を着いた。
そこにキャタピラーが突進してくる。
(・・・ああ。)
地面に押し倒された、リュウが空を見る。
円を描くように大ガラスが飛んでいる。
耳からは、徐々に増えながら、自分を取り囲んでいく魔物の荒い息が聞こえる。
(終わったか。)
ヴァイの、騎士団の準備は整ったのだろうか。
レーベの障壁は堅固なものが出来ただろうか。
(畑、守りたかったな・・・。)
目を閉じて、息を吸う。
(悔しいなぁ。)
ゆっくり吐き出す。
獣臭が濃くなる。
どうやら自分を取り囲む魔物たちが近付いているようだ。
「あー・・・。」
リュウは自分の足を貫いた兎と芋虫を寝た姿勢のまま殺す。
そして、剣を離し大の字になる。
頭に浮かぶ、三人の友人。
赤毛のチビ剣士。
ポニーテールの暴力魔術師。
無茶苦茶な僧侶。
「ごめん。」
脳裏に浮かぶ彼女らに一言短く謝る。
(だから死んだ後に殴るのはやめてね。)
微笑むリュウに、
魔物が一斉に殺到した。