ヒカルが剣を振りかざし走る。
そしてお化けアリクイの一団に突っ込む。
(お化けアリクイは、力は強いけど。)
ヒカルが剣を我武者羅に振り回す。
(リーチが短い、動きは遅い。)
巧みな足捌きで切った瞬間に相手の間合いからいなくなる。
「たあっ!」
密集している上に、魔物の方から勝手に襲いかかってくるため、
剣を振るだけで魔物が血を飛び散らせる事になる。
(決定打にならないけど、これで十分。)
運良く傷が浅かったアリクイが、ヒカルの背後から飛び掛ってくる。
「任せた!」
ヒカルが振り向かずに眼前の敵を切りながら叫ぶ。
アリクイの爪がヒカルの頭に迫る。
迫るアリクイの顎から剣が突き出る。
「妙な信頼はやめて。」
リュウが剣を引き抜きヒカルの背中に自分の背をつける。
「間に合わなかったらどうすんだよ。」
「間に合ったじゃん。」
リュウが渋面を作る。
「役割分担だよ、リュウ?」
先ほどまでのリュウの戦い方は
ダメージを与えられないように、常に動き回りながら、
体力を温存するために、相手の虚を突き、体勢が崩れた時に攻撃するような戦い方であった。
「あたしが切り込む係。
リュウが止めを刺す係。それで良いでしょ?」
ヒカルが戦闘中にも拘らず笑顔でリュウの肘を叩く。
「逆にしない?」
明らかに危険なのは魔物の攻撃に身を晒すヒカルである。
「俺の方が体力あるんだし。」
周囲を魔物が取り囲み始めている。
「却下。」
そんな中ヒカルがリュウの方を向いて、
つまり完全に魔物に背を向けて、
リュウの腿をつねる。
「あたしを心配するのは二ヶ月早いし。」
背中を向けた敵に魔物がここぞとばかりに押し寄せ始める。
「あたしを舐めるのは四年早い、っよ!」
言葉を言い終わると共に後方に宙返りをする。
そして空中で、迫る魔物を一刀の下に屠る。
「あたしが、攻撃受けると思ってる辺りで舐め舐めに舐めきっているよ!」
そう言いながら着地し、リュウを中心に囲んでいた魔物の群れの中を、
同じく円を描きながら駆け抜ける。
ヒカルが去った後には血渋きが宙に舞う。
そいて、軽く息を切らせて、リュウの前に立つ。
「ね?」
可愛く小首を傾げたヒカルの背後で無数の魔物が地に倒れる。
(こわ。)
魔物の返り血で頬を染めて微笑んでいる少女にリュウは心なしか戦慄する。
「ん?」
ヒカルから目を逸らして考えに耽っていたリュウの顔をヒカルが下から覗き込む。
「な、なんでもない。」
リュウがヒカルの髪を乱暴に撫でる。
「うわ。」
「とりあえず、作戦は。」
「あたしが前衛、リュウが後ろ。」
「・・・まあ、良いけど。
とにかく、あいつらの準備が整うまでガンバだ。」
「おー。」
ヒカルが小さく拳を握りリュウに答える。
そして、数がかなり減ったとは言え、まだ大量にいる魔物の中に突貫した。

***

「おー、頑張ってる頑張ってる。」
コトノが額に手をかざし、戦場を眺める。
「ふざけてないで、早く。」
コトノを、棘の鞭を腰に戻しながらレオナが嗜めた。
「急いで行っても、リュウ達が魔物連れて来ないと意味無いじゃん。」
「でも、向こうの準備の方が早く終わったら危険になるでしょ?」
「むう。」
「分かったなら、早歩き!」
「はーい。」
レオナとコトノは、リュウ達から離れた場所を歩いていた。
(もうちょっと行けば、一本杉にでる。)
レオナがコトノの前を早足で歩く。
(そこに出たら、増幅の準備して。)
遥か後方から、魔物の叫び声が聞こえてくる。
「・・・無茶な作戦よね。」
コトノがぽそりと呟く。
「発案者が何言ってんのさ。」
レオナが苦笑する。
「確かに埒が明かないとは言ったけどさ。」
魔物の群れの第二陣が攻めてきてから、暫く経過して、
あまりの敵の多さにコトノが皆にある案を、
半ば冗談の、半ば投げやりな案を提した。
何故破棄されるような案だったのか。
それには直線状に魔物を並べる必要があったからだ。
「しょうがないじゃない。思いついたんだからさ。」
リュウ達の意見も、
場所がない、その一つの理由の為に却下される方向で話が着こうとしていた。
その時レオナが条件に合う地形を思い出したのだ。
「なんでそんな場所知ってるかなぁ・・・。」
「そんな事言わないでよー。」
そうしてレオナの先導の下、コトノは作戦地点まで移動しているのだ。
(あと残された問題はあたしの魔力。)
コトノが手の平を握ったり開いたりと落ち着き無く手を動かしている。
(・・・正直言うと、全然自信無いのよね。)
手の平に浮かんだ汗を服で拭う。
(大丈夫。)
師匠である上司を思い出す。
(あいつの弟子なんだ。
あたしなら出来る。)
「コト!ここだよ!」
レオナの声に思考に耽っていたコトノが我に変える。
「ああ、うん。」
急ぎ、レオナのいる大木の下に駆け寄り、そこから戦場を見下ろす。
「なるほど。」
軽い丘の上にあるその地点は、道が扇状に広がっており、
その両翼を木や、急勾配の坂などで囲まれていていた。
(これなら、実行できるか。でも。)
「なんでこんな外れの場所知ってるのさ。」
コトノが、地面に五芒星を描くレオナに呆れたように声をかける。
だがその後のレオナの行動は明らかにおかしった。
「・・・レイさん?」
ぎしりと音を立てて硬直したレオナにコトノは不審気に尋ねた。
「な、なにかなっ?」
固まった笑顔を向けるレオナにコトノは嫌疑の表情を浮かべる。
「・・・何かワタクシ変なことを聞いてしまったかしら?」
「いいえ、滅相もございませんのことですわ。」
コトノがレオナににじり寄る。
「なら、どうして後ずさりますの?」
「えーっと。」
「どうして目を逸らしますの?」
「えと、そ、それはね。」
レオナの背中に大木が当たる。
もう逃げ場の無いことを悟ったレオナの顔の両横を、コトノの両腕が走る。
「何かワタクシに知られてはいけない事でもあるのかしら?」
だんっ、と音を立てて樹を叩いたコトノの顔は凄絶な笑顔であった。
「あ・・・、う、えっとね。」
視線を盛大に泳がせるレオナの耳に口を近づける。
「諦めなさいな。」
コトノの息が耳にかかり、レオナの背に冷たいものが走る。
「ここで、リュウと、何かしたわね・・・?」
鼓膜をかすかに振るわせた言葉が、
更にレオナの背を凍りつかせる。
「あは、あはははは、あはははははは。」
照れ隠しと観念と恐怖とが混ざった笑いを、
血走った瞳でこちらを見るコトノに向けた。
「そう・・・。」
コトノの指がつっとレオナの顎を撫でる。
(こわいこわいこわいってば!)
「いい度胸ね。抜け駆けかしら・・・?」
レオナが首を横に振り回す。
「三人の同盟は何処に消えてしまったのかしらね・・・。忘れた?」
首を振る速度と回数が増える。
「言うことはある?」
「ご・・・。」
「ご?ごちそうさまでしたかしら?」
手の平に空爆呪文を認めながらコトノがレオナの言葉を聞き返す。
レオナは首が取れんばかりに首を振り叫ぶ。
「ごめん!ごめんなさい!」
両手を合わせて謝るレオナにコトノは溜息を吐く。
「ったく。謝るくらいならしなければいいでしょ。」
「だってさ・・・、その・・・。」
レオナが青くしていた頬を朱に染めてごにょごにょと呟く。
(このアマ。)
コトノのこめかみに血管が浮かぶ。
「ちょっと、ほら、夜空の下とかでさ、雰囲気が、で、つい。」
照れたように笑うレオナの頭に鉄拳を振り下ろす。
「いったーい・・・。」
「あんたが悪い!」
不機嫌そうに腕を組んだコトノがそっぽを向く。
「うう・・・。」
頭を押さえて蹲るレオナを暫く横目で見ていたコトノが咳払いをする。
「・・・で、どこまで?」
「え?」
「・・・皆まで言わなきゃ分からないかしら・・・。」
レオナはコトノが指を鳴らしながら再接近してきたのを見て大いに慌てる。
「いや、えと。」
「何?」
「えーっと、キス。」
「・・・他には?」
「いや、それだけ。」
「ホントに?」
「本当に。」
「何に誓う?」
「全てのありとあらゆる神と私たちの同盟に懸けて。」
コトノはレオナを睨んでいる。
暫く睨んでいた後、ふと溜息を吐く。
「まあ、いいわ。」
脅えきっていたレオナは安堵し、地面にへたり込む。
そんなレオナの様子を見て自嘲気味に笑う。
(そもそも、あたしに責める資格無いのよね。)
そして、言葉通り胸を撫で下ろしているレオナに近付く。
「な、何?」
そして、眉根に皺を寄せて、頬を軽く赤くしながらレオナに尋ねる。
「ち、ちなみによ。」
「う、うん。」
「どっちからさ。」
「え?」
一瞬、質問の意図が掴めず、戸惑うレオナだったが、
すぐに意味を理解し、声を潜めて返答する。
「えと、そのね。私から。」
「どんな反応してた?」
「うーん、びっくりしてた。」
「その後は?なんか態度変わったりとかは?」
「全然。何も変わんないの。」
「まったく?」
「まったく、普通に会話してきたもん。」
二人で腕を組み唸る。
「ひょっとしてさ。」
「キスの意味良く知らない?」
「そうそう。あたしもそう思う。」
「あ、でもさっき。」
祝福をしたとき頬を僅かながら染めていたことを思い出す。
「さっき・・・?」
「いや、違う違う違うから。キスに対する反応は知っているかもしんないよ?」
「・・・詳しくは後で聞くとして。そう?」
「うーん、微妙。」
「だよね・・・。」
「てかそれ以前に異性関係のこと興味ないんじゃ?」
「いや、それは無いとおもうよ。だって・・・。」
完全に座り込み、話に夢中になるレオナとコトノ。
その二人の座る丘の麓で、
リュウ達が二人の地点到達の合図を待って奮戦していた。


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