爆発音が響く。
「ヒカル!」
「おそい!」
ヒカルが一本杉に向かって大声で叫ぶ。
「んな事言ってる場合じゃない。」
ヒカルの脇を抱える。
そして、一目散にレオナたちの待つ丘に走り出す。
(ついてこいよ。)
魔物たちが攻撃を仕掛けてこられるほどの、ゆっくりとしたペースで走る。
リュウの思惑通り、走る自分たち目掛けて魔物が襲う。
「ほっ。」
リュウは剣を軽く振り、威嚇攻撃をする。
魔物たちは一瞬怯むが、すぐにリュウの後を追撃してくる。
「リュウ、良い感じだね!」
「ああ!」
(俺たちはな。)
リュウは後ろからの攻撃に警戒しながら、一本杉の麓にいる二人を窺う。
(やはり、さっきの爆発音で魔物が何匹か向かったか。)
空を飛ぶ魔物の何割かが群がってきていた。
(急ぎたいが・・・。)
だが魔物を誘導しなければならない。
「くそ。」
リュウが歯噛みする。
(怪我しないでよ・・・。)
***
「たあっ!」
レオナが鞭を振るう。
コトノは魔方陣の中心に座している。
祈るように手を組み、精神を集中する。
そして、静かに唱え始める。
「地の五芒 火の五芒 風の五芒 水の五芒
大いなる王 偉大なる神よ 我が四囲に五芒星。」
陣に沿って白光が光り始める。
「あと、推定二分!」
レオナが大量の魔物を連れて坂を駆けるリュウとヒカルを確認して、
自分らの場所までの時間を叫ぶ。
「太古より継がれし神秘なる象徴を以て
風渦巻きたり 天より御下りて我に力与えん。」
(大丈夫、間に合う、焦るな。)
コトノが組んでいた指を解き、天に向けて手を広げる。
「サナトス!」
魔方陣から伸びた光がコトノを包み始める。
「至高なるもの冥王よ、我は求める
汝が黒き魂にて 我を高めたもう!」
自分の中に尋常ではない量の魔力が膨らんでいく。
(くっ・・・。これは、きついわね。)
コトノが体内を蝕む苦痛に、歯を食い縛る。
額に汗を浮かべて、ちらりとレオナを見る。
飛来する魔物を鞭で弾いている。
視線を感じたのかレオナが振り返り、笑顔を見せる。
「魔物は私が担当するから、早く増幅と魔法完成させてね。」
そう言い人面蝶を真空で切り裂く。
「ちなみにあと一分くらいだから急いで!」
(りょーかい。)
荒い息を吐きながらコトノが震える唇を開く。
「ルーイ・エウ・ジ・エリ・フィル・ン・デー・ド
エストにレヴィヤタン ウェストにハスター在りて
シュドにポイニクス ノールにベヘモット座して
抱えよ ヨトゥンの四柱。」
座っていたコトノの体が急に浮き上がる。
臓腑から吹き上がる魔力に体が弾かれそうになる。
なんとか堪えて陣の中央で両足を踏ん張る。
「立てよフリムスルス
汝を支配する鎖は今解かれた!
汝は慄きを知ることは無い!
驕り高ぶるもの全てを見下ろし、誇り高く全ての上に君臨せしむ
汝に!」
***
「ヒカル!」
リュウが振り返りながら叫ぶ。
「先に行って!」
魔物に囲まれているヒカルが剣を振る。
「あたしなら、ここからだったら直ぐに行けるからさっ!」
アリクイの舌を二つに裂きながら笑顔を向ける。
「それよりもレイちゃんを!」
レオナとコトノに飛行魔物が襲っているのが見える。
なんとかレオナ一人で呪文と鞭を駆使して堪えているが限界が近そうだった。
「わかった。」
リュウは走り出した。
「巻き込まれる前に来いよ!」
「まーかせって!」
***
コトノが手を前に翳す。
呪文の反動だろうか、左手から鮮血が飛び散る。
(力量不足・・・。)
今、放とうとしている呪文は最高位の呪文。
例え、魔力を増幅しようとも、駆け出しの魔法使いには扱うことは不可能な呪文だ。
(それ以前に
不可能なんだけどね。)
自分の無謀さ加減に苦笑する。
(だって、まだあたしも正確に使った事無いんだし。)
あくまで、師の教えを、
師の動作を眼で見て、その原理をなんとなく覚えた程度なのだから。
(ほんと、無謀にも程がある。)
それ故の反動の大きさ。
それ故の制御の難しさ。
だが。
(使えないわけが無い。)
不思議と湧き出る根拠の無い絶対の自信。
仕組みとしても、おそらくは正しくない使用方法だというのは理解出来ている。
だが、
(いける。)
根拠など微塵も無いが、胸の奥底に感じるこの手応え。
恐らくは完全には撃てないだろう。
(でも。)
手に力を込める。
(不完全でも放てれば、
何百といる魔物だって一発なんだから!)
苦笑が不適な笑みに変わる。
魔法の影響で吹き出る血が凍りつく。
「今 我が命ず!」
(成功した暁にはたっぷり褒美貰うからね!)
この出処不明の自信の源。
困惑する勇者の顔を思い返す。
舌なめずりをする。
(それは何とも。)
非常に楽しみだ。
だから成功させる。成功出来る。
***
「わ。わ、わ、わ!」
レオナが喚きながら鞭を振り回している。
(数が、多、過ぎ、だって!)
背後にいるコトノを中心に真空と鞭で魔物を迎撃してきたが、
もう限界だった。
コトノに突っ込んでいく大ガラスを鞭で引き裂いたレオナの後ろから
別の大ガラスが迫る。
その接近に気付いたが、魔法の発動にせよ、攻撃するにも、回避するにも
何もかも間に合わない事を理解する。
嘴が腹部に迫る。
思わず目を硬く瞑る。
(リュウくん!)
気味の悪い音。
顔に罹る生暖かい液体。
「っと悪い。」
気楽に掛けられる声にゆっくりと目を開ける。
剣がカラスの頭を突き刺している。
「うわ・・・。」
服の袖で顔を拭えば、真っ赤に染まりあがっていた。
どうやら大ガラスの血がかかったようだ。
「あ、ありがと・・・。うう。」
「ほら、休んでないで。」
嫌な感触に呻くレオナにリュウが剣と鞘を握りながら言う。
「あと、どれくらい?」
コトノを背後に挟むように立ち、魔物の攻撃を食い止める。
「本当にあと少し。
だと思う。」
コトノを中心に冷気が漏れ始めていた。
「ヒカルは?」
「敵集めてる。」
「あのさ。」
「うん?」
「・・・成功するよね。」
「・・・コトノに聞いて。
って言いたいけど。」
リュウがコトノを見る。
腕からは血が散り、
凄まじい冷気の為にその血が一瞬で凍り
砕け散り、
細かい赤き破片が周囲を舞っている。
コトノの顔には苦悶の表情が浮かんでいる。
心配するリュウの視線に気付いたのか、
コトノは少し目を丸くする。
そして唇を歪めて、コトノは片目を瞑る。
「・・・成功するさ。コトノなら。」
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