(ふん。)
コトノの詠唱が最終段階に入る。
(そう言われたら意地でも実現させなきゃね!)

「汝と我が力以て 凍嵐 身に纏わせよ!
氷雪よ ヨトゥンヘイムの地より来たりて舞え!」

甲高い音が響く。
方陣からの白い光が、
コトノより発せられていた青い光が、
コトノの両手の中に収束する。
「リュウ!」
コトノが叫ぶ。
その声を聞いて、リュウはヒカルに向かって叫ぶ。
ヒカルが魔物を斬りながら、慌てて丘の頂上目掛けて跳ぶ。
ヒカルの手をリュウが掴み、引き寄せ倒れる。
「いいぞ!」
魔物が倒れる二人目掛けて殺到しようとしている。
それを目掛けて、
その後ろに続く大軍目掛けて。
コトノが最後の言葉を紡ぐ。

「マヒャド。」

発せられた凄まじい冷気が魔物を氷の彫像に変えていく。
だが、まだ後続の魔物にまで呪文が届いていない。
魔力の放出を続けなければならない。
(何とか、威力は小さいけど。
多分ヒャダインとマヒャドの中間くらいだろうけど。
成功した。)
だが、どちらにしても、自分の身には持て余る呪文。
不完全な魔力の増幅と、
長い呪文の詠唱により放つことが出来たが、
無理が祟ったのか、
その反動がコトノを襲う。
(あと、もうちょいだから。)
腕が悲鳴をあげる。
指先から徐々に凍り付いていくのに気付く。
(くっ。)
目を瞑り、魔力を搾り出す。
丘を登っていた魔物が凍り付いていく。
そして、コトノの手が徐々に白くなっていく。
迫る恐怖と疼痛に歯を食いしばり耐えるコトノの手に
背後からそっと手を重ねられた。
「リュウ?」
「集中して!」
ヒカルと共に倒れていたはずのリュウがいつの間にか背後にいた。
リュウの手が凍ったコトノの手を包む。
(あたたかい・・・。)
リュウの手によりコトノへかかっていた反動が緩む。
(メラ・・・かな?
いや、どうでもいいか。)
状況も忘れて思わず口元が緩む。
「あと少しだから。頑張って。」
(はいはい。)
その背後から耳元にかかる真剣な声に、
コトノは状況を瞬く間だけ忘れ、
少しだけ体重をリュウに預けた。
迸る冷気の中、触れた温もりが頼もしい。
(あー。ったく。)
弛んだ口元を引き締めることなく、
コトノは回復した気力の元、再び手に力を込める。
気分が楽になると同時に魔法力も高まっている気がした。
(とっとと終われ!)
放っていた青白光が視界を奪うまでに激しく輝き煌いた。

一瞬の後。
丘は白く染まっていた。
魔物たち数百万を凍らせて。










「やあ。」
ヴァイと神父がルーラで移動した先には、
赤いローブを纏った男が立っていた。
「久しぶりだね。」
自分を取り囲む無数の魔物を気にすることなく、
にこやかにヴァイはローブの男に話しかける。
「会った記憶は無いが。
誰だったかね。」
ローブの男は感情のこもらない声で言った。
背後に立つ深紅の全身鎧を纏った男が無言で、ローブの男の前に立つ。
「四年前に、会ったよ。」
ヴァイの手の平に複数の発光体が生まれる。
「知らないな。
人違いじゃないかな?
これだって何処にでもあるローブだしね。」
「いや、お前だよ。間違いなく。
血で染めたローブを誇らしげに着るような狂ったような奴なんて。
そういないさ。」
「そうか。ふむ・・・。
やはり思い出せんな。

目の前で惚れた女が傷付き倒れ、親友が嬲り殺される様を
震えながら失禁しながら呆然と見ていた情けない男なら記憶にあるんだがな。」
笑いながら言われたその言葉に、ヴァイの目が鋭くなり、
手の発光体を周囲に撒いた。
それはローブの男の周囲に屯する魔物に当たり弾け、
盛大に爆発し、魔物を一掃した。
「・・・アークマージィッ!!」
「友人では無いのだ。
気軽に呼ぶな。」
気楽に言ったその台詞と共にアークマージが放った炎の塊がヴァイを襲う。
「そあ!」
神父がメイスでそれを叩き潰す。
「答えろ!」
ヴァイが氷の矢を放つ。
背後の騎士がそれを切り落とす。
「何をしに来た!」
「知れたこと。我が主に逆らおうとする勇者を見に来ただけだ。」
「見物にしては、連れが多すぎやしないか?」
神父が騎士に向かって殴りかかる。
「なに、お前たちも余興をしていたではないか。
私もそれにあやかっただけさ。」
「ずいぶん準備してたじゃないか。」
「あまりに知能が低くてな。
ただ集めるだけなのに、やたらと骨を折ったよ。」
アークマージの放った炎をフバーハで防ぐ。
「だが、ちょうど良いだろ。
この大陸の魔物をほぼ全部集めたのだ。
この機会に一掃したまえ。」
「やってるさ。」
ヴァイが真空波を飛ばす。
「俺の馬鹿弟子とその仲間がね。」
「弟子とな?」
アークマージが片手で真空波を払いながら不思議そうな声を上げる。
「違うだろ?
お前の玩具と傷口を舐め合う欠陥品の言い間違いであろう?」
厭らしく笑う声にヴァイが激昂する。
「図星か?あーはっはっは!」
ヴァイが喚きながら連発するイオラを軽くあしらいながら、高笑いする。
「いや、滑稽だよ。
さすが人間だ。
四年前にからかいに来た甲斐があったというものだ。」
「黙れ!」
「あの時のアレはな、実はかなりの痛手だったんだぞ?
懐かしいだろうし、思い出話聞きたいだろ?」
「黙れ!黙れ!」
「まだ、邪竜が残っているって情報が合って来てみたら、
ちょうど巣の側に子供たちと3人の青年たちがいたんだ。
危険な魔物が潜んでいるという情報は流れていた筈だったから、
愚かな連中だと思って、余興に襲わせてみたのが間違いだったな。
三人の青年・・・いや実質二人か。
あれほど奮闘するとはな。
まさか倒されるとは思わなかった。」
神父がアークマージに向かって突進するが、騎士に阻まれている。
「キラーアーマーよ、
相手はご老体だ。
手加減してあげろよ。」
その言葉に応える様に、
その言葉に反する様に、
キラーアーマーは神父の足を巧みに払う。
「ぐうっ!!」
(こいつ・・・、誰だ?)
神父は倒されながら、生じた違和感に疑問符を浮かべる。
だが、そのように気を他の事向けていられる状況ではない。
慌てて振り下ろされた騎士の槍を弾く。
「まあ、邪竜を失ったのは大きかったが、
元々期待していなかったからな。
特に問題はなかったんだが。
特筆するのは倒された後だな。
思わず今まで監視してしまうほど面白かった。」
「黙れって言ってんだろ!」
「婚約者と片手片目を失った女。
己が卑しさに負けた魔法使い。
まずこの二つが面白かった。
何せ関係はもとより、人間としても壊れてしまったからな。」
「くそ!」
「その二人が、その場にいた、邪竜の咆哮で
心を砕かれかけていた子供たちにした数々の行動。
最高の四年間だったぞ!」
「うるせえっ!」
「その子供たちも中々に良い成長をしたな。
健気に支えあう彼らを見てると思わず涙が浮かんだよ。

笑いが止まらなくてね。」
「だ!ま!れ!」
ヴァイが両手を掲げる。
「はっはっは。
ではその愉快な子供たちにも挨拶に行こうか。」
アークマージが手を振りヴァイのイオナズンを発動前に無効にして、ヴァイの腕を取る。
「は、放せ!」
「そろそろ向こうも終わる頃だろう。」
アークマージの言葉が終わると同時に青白光が広がった。
「ほら、ナイスタイミング。」
「かはっ。」
アークマージがヴァイの腹部に拳を叩き込み、無力化させる。
「がはっ!」
神父が地面に盛大に叩きつけられる。
「では、数百万の敵に勝利した勇者一行に挨拶に行こうか。」
キラーアーマーが無言のまま頷き、神父を拘束する。
「ルーラ。」
ヴァイと神父を連れて、アークマージたちは消え去った。



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