「すっごいねー。」
ヒカルが丘を埋め尽くす魔物の氷漬けを見ながら言う。
「溶けたら戻るかな?」
「戻らないってば。」
ヒカルの発言にコトノが頭頂部にチョップを入れる。
「でも、これどうしよっか。」
「・・・砕く?」
「何か嫌よね。」
「そだよね。」
「まあ、魔物は良いとしてさ。」
レオナが背後から呟く。
その言葉にコトノとヒカルは振り返る。
「これの相談もしようか。」
レオナは自分の膝の上で唸るリュウを指差している。
「あー・・・。」
「ってか、結局それはどうしたの?」
コトノのマヒャドが成功して間もなくリュウがそのまま後ろに倒れた。
「あたしの呪文の反動かな?」
コトノがリュウの顔を叩きながら聞いた。
「それもあるのかもしれないけど。」
レオナがリュウの頬を摘む。
「んじゃ単なる疲労?」
ヒカルが唇を抓る。
「多分ね。
ま、意識があるし。心配しなくて良いと思うけど。」
「それは良いんだけどさ。」
リュウが不機嫌な声を上げる。
「何故君らは僕の顔で遊んでるのかな?」
「なんとなく。」
「暇だから。」
「膝枕している役得。」
三者三様の返答に恒例の溜息を吐く。
「ほら、溜息ばっか吐いていると幸せが逃げちゃうらしいよ?」
「溜息の原因が何を言うか。」
体を起こしながら不機嫌そうに言う。
「大丈夫?」
「・・・少しふらつくけど、大丈夫。」
心配そうな声のレオナに笑顔で答える。
「ふらつくんなら大人しくしてよ。」
「ごめんなさーいね。」
レオナに肩を支えてもらいリュウは立ち上がると、丘から下を眺める。
「・・・被害ってどうかな?」
「・・・どの?」
「村・・・かな?」
氷像と化した魔物の群れの向こうに農地が広がっている。
レオナはしばし考え込む。
「畑が踏み荒らされたって被害は少ないんじゃないかな?」
リュウが孤軍奮闘していたときにレーベまで辿り着いた魔物は
ほとんどいなかった。
「私たちが参戦してからも、多分そうだったと思うから。」
「そっか。」
リュウが嬉しそうな顔をする。
「ただ。」
その顔を見ながらレオナは違う種類の微笑みを見せる。
「このマヒャドの影響がねぇ・・・。」
その言葉に、術者であるコトノが一筋冷たい汗を頬に流す。
周囲を見渡す。
白。
白。
白。
魔物が。
土が。
樹木が。
草が。
そしておそらく近い場所にある農地の作物が。
視界内に在るもの全てが白に彩られ停止していた。
「冷気にやられたのもあるかもね。」
レオナが言った言葉に。
リュウは顔色を変えて。
コトノはそっぽを向いて。
ヒカルは手持ち無沙汰にリュウの髪の毛で遊んだ。
「ま、まずくないか?」
動揺しながらコトノに声を掛ける。
「いや、えーと、うむ、うん。」
コトノはただ明後日の方向に向けて不思議な言葉を呟いている。
「うわー・・・、俺、畑守るって言って出てきたのに。」
リュウは目に見えてわかるくらいに落ち込む。
コトノも己の所業に気にしない振りをしながら精一杯動揺し始めている。
その様子を見ながらレオナとヒカルは顔を見合わせる。
「ぷっ。」
互いに吹き出す。
「いや、笑い事じゃないでしょが。」
「いやいや、そんな大事じゃないよ。」
ヒカルが、これだから都会育ちは、と言いながら肩をすくめる。
(お前も生まれてからずっと王都に住んでんじゃないかよ。)
リュウが半目で睨みながら説明を促す。
「ちょっとくらいなら大丈夫だよ。」
「でも、作物って冷たいと栄養吸収し辛くなったりなんだりと。」
リュウがうんちくを言い始める。
ヒカルは笑顔でその口に拳を叩き込む。
「もがー・・・。」
「続けるけど。
低温の被害は幼穂の大きさと生育時期によるの。
今の時期だったら遅発分げつ茎が良い感じで、収量は結構補償されるから。」
「・・・どうゆうこと?」
コトノが混乱している。
賢者付きの宮廷魔術師見習いと言えど、農業知識には明るくはないようだ。
「そんなに被害無いって事よ。」
レオナが笑顔で言う。
「・・・ホント?」
「ホントだってば。」
上目遣いでこちらを見るリュウとコトノに苦笑する。
「ダメでも使い道なんていっぱいあるんだし。
アリアハン国の農家は逞しいらしいよ?」
「・・・だろうな。」
リュウはレーベに住む、己をこき使う村人たちを思い返す。
(なんか、畑が焼かれてもなんとかしそうだしなぁ・・・。)
無駄に逞しい人たちである。
「そこらへんの対策は皆勝手にすると思うし。
それ以前に、皆昔からの魔物の被害のお陰で、多少の被害じゃ動じないよ?」
20数年前には大量の凶暴な魔物が畑を荒し尽くしていたのだ。
それに比べたら、なんと被害の少ないことか。
「お爺ちゃんお婆ちゃんたちだったら、むしろ生き生きと畑直すだろうし。
それに本格的な被害がある人の所には国から何らかの処置してくれるんでしょ?」
レオナがコトノに尋ねる。
「え、ええ。そうね。」
魔物の被害は通常天災として扱われる。
おそらく国家予算から復興義援金として出されるだろう。
「・・・あの人たちだったら、その金を使わないんだろううな。」
賭け事に燃える全村人を思い返す。
「貯めるか、増やすか。どっちかだね。」
レオナに冷めた視線が集中する。
「わ、私は次の賭博には関与しないよっ?」
「ま。そんな訳で。」
レオナが弁明するのを横目にヒカルが話をまとめに入った。
「とりあえず、被害については問題無し。
あったとしても何とかなるでしょう、と言うことですよ。」
「そっか。」
リュウが安心したかのように、深く息を吐く。
「そういえばさ。」
コトノも安堵しながら、ふと思い出したように口を開いた。
「国が何か対処するってので思い出したんだけど。
うちの騎士団って、どうしたんだろうね?」
結局、リュウ達が戦っている最中には現れることがなかった。
「うーん、結構時間稼いだと思ったんだけどな。」
「そうだよねー。かなり戦ってたよね。」
「絶対間に合ってたよね?」
「そりゃ、多分ね。」
コトノが腕を組み考える。
「編成し直してでしょ。
それからレーベまでルーラとかキメラれば間に合ったとは思うんだけどなー。」
「俺が兵隊さん倒し過ぎた所為とか。」
「いくらなんでも、一人に全滅させられるような連中が主力な訳ないでしょ。」
コトノが肩を竦める。
「どちらにしても、これはいけるわよ?」
そしてコトノがにやりと笑う。
「なんで?」
「明らかに国のミスよね?討伐隊が遅れたことは。」
「まあ・・・。そうだろうけど。」
「これを利用して。」
「なるほど。
名目として、謝費か褒美かはわからないけど。
旅への軍資金を更にゲットする気ね?」
コトノの笑いにレオナが呼応する。
「うっふっふ、裕福な旅が出来るわよ。」
(おいおいおいおい。)
顔にどす黒い影を纏わせ笑うコトノに、リュウは頬を轢くつかせる。
横を見れば、ヒカルとレオナが手を取り踊っている。
(元気だな、おい。)
「ご褒美、ご褒ー美♪」
その暢気な歌にリュウが苦笑する。
(さっきまで、無茶な戦いしてったのに・・・。)
苦笑が笑顔に変わる。
(まったくもう。)
心地の良い感情に目を細める。
(旅が楽しくなりそうだ。)
リュウが微笑みながら仲間の少女たちを見る。
踊る二人にコトノも加わった。
「やったね、ゲットだ、ご褒美だっ♪」
声を揃えて、俗物的な喜びについて歌う少女たち。
その彼女らに影が重なった。