「暗いな・・・。」
階段を下りきったとき、洞窟内に光は無く、暗闇に包まれていた。
「松明って、あったっけ?」
「無いと思うなぁ・・・。」
レオナがリュウの背中のリュックを探りながら答える。
「あー。ちょっと待って。」
最後尾にいたコトノがそういうと、手の平に光球を生み出した。
灯りが辺りを照らす。
「へー。便利だね。」
ヒカルがコトノの周辺に浮かぶ光球を突付きながら言う。
「魔法の初歩よ。」
コトノがリュウの頭上へ移動させる。
「魔法なんだ。」
「レミーラって言うらしいけど、
魔法として使うもんじゃないのよ。」
「俺も使える?」
「猿でも使える。」
「あたしも!?」
「あー、ヒカルは無理かも。
魔力ないし・・・。」
「うー・・・。」
「よしよし。」
悔しがるヒカルの頭をリュウが撫でる。
「ま、今度暇な時に教えたげよう。」
「わーい。」
リュウは口だけで喜んで洞窟を奥へと進む。
「うわ。」
(なんて無駄な空間。)
狭い通路を抜けた先には、大きな壁と、巨大な人の像が二つあった。
「うう・・・。」
ヒカルが像に脅え、リュウに擦り寄る。
「ヒカル、怖いの?」
「いや、どうも、こういう像とかって苦手で。」
レオナの問いにヒカルが苦笑いを浮かべる。
「薄暗いしね。」
「そうねぇ・・・。」
コトノが像の周りを調べる。
「何か怪しいのでもある?」
「うーん。」
両人差し指と親指で四角を作り、像を確認する。
そして、おもむろに光球をもう一つ生み出す。
「コトノー?」
コトノは夢中になってリュウの言葉に気付かない。
「・・・灯りをこの位置に・・・。
出来た!」
「ひっ!?」
絶妙な光加減で彫像を下から照らした。
影の具合が、像から感じる威圧感と恐怖感を増大した。
「どお!?」
「やめんかっ!?」
頬を紅潮し、自慢気に威張るコトノにリュウは怒鳴り声を上げる。
「ほら、ヒカル真剣に脅えているし。」
見ればヒカルは目を瞑り、リュウの腕に爪を立てて硬くしがみついている。
「えー、せっかく頑張ったのにぃ。」
コトノが指を咥えて寂しがる。
「そんな事して遊んでないで、ここからどうするか考えないと。」
「あ、さっきこんなの発見。
来たれ勇者。」
コトノが手招きする。
「ここ。」
像の台座を指差す。
「何?」
台座には何らかの文字らしきものが彫られていた。
「・・・読めませんですぜ。」
「あたしも少ししか読めないの。
参ったね。」
軽快に笑うコトノをリュウは睨んだ。
「・・・。
古代文字か何かかな・・・?」
「エルフ文字みたいなんだけど・・・。」
腕を組んで考え込む。
「少し読めるって、何て?」
「うんとね、単語なんだけど。
2つ、灯り、導く。
しか読めない。」
「さっぱりわからんね。」
「どれ。」
レオナがリュウの上から台座の文字を覗き込む。
「読める?」
「うー・・・ん。」
レオナが目を細めて、文字を睨む。
「えと。
守り手、二つ。手に灯せ。
導く者在りて、言葉に従え?」
「おおー。」
すらすらと読んだレオナに拍手を贈る。
(はて。なんで読めたんだろ・・・?)
レオナは拍手に照れながら、眉を顰める。
「でも、意味わからないね。」
拍手喝采に沸く三人はヒカルの呟きに動きを止めた。
「・・・ま、まあ。直訳通り動こうか。」
「そ、そうね。」
コトノが光球を更に二つ作る。
「守り手ってこいつらよね。」
光球をそれぞれの手まで動かす。
「手に灯すっと。」
光が像の手の平に置かれる。
「さて・・・。」
4人が神妙な顔で像を見上げる。
「・・・。」
「・・・・。」
「・・・・・。」
「・・・・・・むう。」
何も起こらない。
「訳し間違いだったかな・・・。」
レオナが申し訳無さそうに頭を掻く。
「って言ってもレオナ以外読めないし。」
「もう少し考える?」
「でも、ヴァイさん急げって言ってたから、
あんましゆっくりできないよ?」
手が詰まったため、
5人は呆然と巨像を見上げた。
「・・・5!?」
「誰!?」
突然人数が増えた事に気付き、慌てて散開する。
「気付かれました?」
金髪の少女はゆっくりとリュウの方に首を向ける。
「誰だ、あんた。」
「導く者ですよ?」
少女が会釈する。
「お待ちしていました、勇者殿。
この封印の壁をお解きになり、
旅の扉をお使いください。」
「えーっと。」
リュウはいきなり聞かされた知らない単語に戸惑う。
「はい。」
「はい?」
挙手して質問するリュウを、きょとんと見返す少女。
「君の名前は?」
「・・・ナンパですか?」
「ほう?」
至極当然の質問をしたリュウは、
照れたように頬を押さえる少女の切り替えしに沈黙する。
そしてその少女の言葉に恐ろしく敏感に反応したレオナがリュウの頬を抓り上げる。
「・・・状況的にして良い事と悪い事があるでしょ?」
「・・・状況的にまっとうな質問をしたと思ったんですけどね。」
リュウは、恐怖心を抱かせるような顔で笑うレオナに笑いを固める。
その様子を微笑みながら見る少女は、背後の壁を指した。
「これが封印の壁です。魔法の玉はお持ちですか?」
「ええ、これね。」
リュウのリュックを勝手に開けたコトノが玉を少女に見せる。
「それを壁の中央にぶつけてください。
ああ、まだ投げないで。危険だから。」
大きく振りかぶったコトノを穏やかに制止する。
「・・・危険なの?」
「危険です。
壁が吹き飛んだら、奥に行き旅の扉を抜けてください。」
「・・・吹き飛ぶんだ。」
「それはもう、盛大に。」
コトノの手に握られた魔法の玉を皆、無言で睨む。
(あの爺・・・。)
リュウに限っては青褪めながら、これを渡した老人を恨む。
「あの・・・旅の扉って?」
ヒカルが遠慮がちに挙手をしながら少女に聞く。
「小さな湖というか大きな水溜りというか。
奥にありますので、その中に身を投げてください。」
「身投げ・・・。」
リュウたちは次々と掛けられる不可解な発言に気を沈める。
その様子を優雅に微笑みながら少女が告げる。
「急いでください。
そろそろ、賢者の時間稼ぎが終わってしまいます。」
「は?」
その言葉にコトノが聞き返した。
「時間稼ぎって?」
「あの賢者の術ではもうもちません。
あの魔族が動き出します。」
「え、でも、肉体を吹き飛ばすって。」
リュウが少女に近寄る。
少女はリュウの手をやんわり掴みながら言う。
「成功する確率はとっても低いようです。
そして成功したとしても術者は無事ではないでしょうね。」
「・・・!」
「待ちなさい。」
少女は慌てて洞窟の入り口に引き返そうとするリュウの腕を捻り床に転がす。
「・・・っ!い、急がないと!」
「行ってどうなるもんではないでしょう?」
少女はコトノを見る。
コトノは唇を噛んで少女を見返している。
「違いますか?」
「・・・その通りね。」
「貴方たちに出来ることは、賢者が頑張っている間に
アリアハンを脱出することですよ。」
少女はリュウを立たせる。
「だから、早くお行きなさい。」
「・・・でも。」
「リュウ。」
逡巡するリュウの肩をコトノが掴む。
「行くの。」
「でも。」
「あたしが行くって言ってるの。
お願い。」
肩を掴むコトノの指先が白くなる。
「・・・わかった。」
リュウが溜息を吐いて、コトノの肩を叩く。
「よし、行こう。」
ヒカルとレオナが頷く。
「・・・で、誰が投げる。」
ヒカルの、
コトノの、
レオナの目が素早く一点に集中する。
そしてそろって微笑む。
「・・・俺か。」
リュウが首をがくっと下げる。
「あたしら、そこの角まで下がってるから。」
愛しい仲間達はさっさと姿を消した。
「・・・くそー。」
リュウは眉を顰めながら、玉を持つ手に力を込める。
「君も危ないよ?」
傍らで微笑む少女に警告する。
「ああ、あたしは大丈夫。」
突如口調の変わった少女にリュウが口を開ける。
「うん?声気付かない?」
(誰・・・。)
「健忘症じゃないの?」
「失礼な。」
「ヒント、夢。」
(夢・・・。)
「・・・ああっ!」
リュウが大声を上げる。
「声聞いて思い出しなさいな。」
呆れた表情を浮かべる少女。
「最近の変な夢の・・・。」
リュウの鼻が上に吊り上げられる。
「変とかいうな。」
「痛いわ!」
少女が振り払われた手を擦りながら、悪戯らな瞳を向ける。
「今日ぶり。」
「会うの早過ぎな気がするけど・・・?」
「大丈夫、これ幻像だから。」
「幻像って触れるのか?」
「魔力次第ー。」
少女が指を横に振りながら笑う。
「そんな訳で本体に影響ないから、気にせず爆破しちゃいなさい。」
「俺はどうするんだろ・・・。」
「投げた瞬間即座に後ろに走りなさい。
多分間に合うから。」
「いいかげんだな・・・。」
リュウは笑いを引き攣らせながら、壁から距離をとる。
「早いところ本体に会いに来なさいよ?」
「何処にいるんだよ?」
「今は・・・、砂漠かな?」
「待ってるなら動くなよ。」
「いやよ、あたしは自由なの。」
「そうですか。」
「んじゃ、次に会うときは本体と。」
「うん、今度こそまたね。」
リュウが壁に向かい玉を放る。
「頑張ってね。」
背中にかけられた少女の声に腕を振りながらリュウは全速力で走る。
レオナがこちらに手を伸ばして角で待っている。
自分の影が一瞬伸びる。
「急いで急いで!」
ヒカルが叫んでいる。
爆音が聞こえる。
(ああああああっ!)
背中からくる重圧に歯を食いしばり心中で叫ぶ。
そして、爆風に背中を押されて、リュウは宙に舞う。
「レイ、掴んで!」
「うん!」
コトノとレオナが空を飛んでくるリュウの手を掴み引き寄せる。
「伏せろ!」
引き寄せられる勢いそのままに三人を床に押し倒す。
轟音が辺りを包んだ。

****

「っつ・・・。」
リュウが背中から瓦礫と埃を落としながら腕に力を込める。
(耳が・・・。)
音の聞こえが鈍い。
(爆音にやられたか・・・?)
一過性のものか慢性的に続くものなのか、心に不安がよぎる。
(あいつらは・・・。)
そして目を開ける。
「何してる?」
下でこちらを見つめるレオナを半目で睨む。
「いや、爆音で耳がやられたらまずいかなぁと。」
リュウの耳を両手で塞ぐレオナは淡々と語った。
「そして、レイの耳はあたしたちでカバーしたのよ。」
その隣で器用に自分の耳を塞ぎながら、
レオナの耳をそれぞれ塞ぐコトノとヒカルが同じく淡々と語る。
「・・・無事みたいだね。うん。」
疲れた顔をして立ち上がろうとするリュウをそれぞれの腕が阻んだ。
「・・・なんですか?」
「いや、せっかく三人纏めて押し倒したんだから、何かするのかなと。」
「やかましいわっ!」
リュウが頬を紅潮し、眉を吊り上げ、怒鳴りながら立ち上がる。
「ってか、凄いわねー・・・。」
周囲のは砂煙が立ち込めている。
そして、煙の向こうに大きな穴が開いていた。
「よいしょ、バギ。」
レオナが煙を飛ばす。
そして明らかになる封印の壁の厚さ。
「あれ、3メートル以上ない?」
「あるねえ・・・。」
「あんなもん吹き飛ばす爆発物か・・・。」
「暴発したら死んでたね・・・。」
リュウたちは揃って身震いした。
「・・・とにかく、行こうか。」
「・・・そうだね。」
勇者の旅立ち。
それは、華やかなものではなく、順風満帆でもない。
魔物の大挙、そしてアークマージからの逃走。
それはこれからの旅の困難さを否応にも予感させた。
そして、穴の奥に見える闇が不安にさせた。
(縁起悪いね・・・。)
「もう像ないよね・・・?」
背中に脅えるヒカルを貼りつかせて、
洞窟を奥に進みながらリュウは溜息を吐いた。



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