「・・・。」
リュウとコトノが顔を突き合わせる。
「・・・きもち悪い。」
「まったく同意。」
お互いの不機嫌な顔を眺める。
そして旅の扉を忌々しげに見る。
「なんて嫌な・・・。」
そう呟いた時、また不快な歪んだ音が響き渡る。
リュウとコトノは呻きながら耳を塞ぐ。
「あたし、この音がイヤ・・・。」
そして、旅の扉からレオナが浮かび出る。
「・・・おおっ。」
自分の体を見て驚きの声を上げる。
「・・・どしたよ?」
「凄いよ!体、濡れてない!」
レオナが興奮した様子でリュウの所に近付いてくる。
「・・・元気だね。」
「そういうリュウくんたち元気無いね。」
「・・・平気なの?」
「平気って?」
けろりとした様子でこちらを見るレオナを、
不思議な物を見る目で見返すコトノとリュウ。
「・・・なんつーか、mとyとnとbとpとoを混ぜて
一緒に発音したかのような音にエコーとディレイを最大に効かせたかのような。」
「そうそう。あと、こんな、ぐわんぐわんと。」
コトノが手を言葉にし難いように動かし、旅の扉の起動中を再現する。
「うん、面白かったよね。」
微笑みで答える。
「・・・・・・!?」
その言葉に愕然とする。
「なんかその反応むかつくー・・・。」
レオナは、目を見開き慄くリュウの顔に手の平をぐりぐり押し付ける。
「だってさうあああああああああ。」
そして、また異音が鳴り響いたため、
リュウとコトノは耳を押さえて悶えだした。
「うわっ。」
レオナがその異様な様子に一歩下がりながら、思わず声を出す。

(おもしろい・・・っ!)

そしてレオナは姿を現しかけたヒカルに満面の笑顔を向ける。
「ヒカルっ!」
「あい?」
「バック!」
「えぇっ!?
え、あー、うん。」
姿を現したばかりのヒカルはレオナの言葉に戸惑いながらも従い、
再び旅の扉に入った。
「やーめーてー・・・。」
みょみょみょみょみょみょ・・・。
歪み反響し続ける形容し難い音が連続で、
小一時間ほど室内に鳴り響いた。

***

「で、もうすっかり暗いよね。」
ヒカルが薪を抱えながら戻ってきた。
対するレオナは乾いた笑いを浮かべながら薪を受け取る。
「いや、遊び過ぎだから。」
ヒカルが苦笑しながらリュウの荷物から干し肉を取り出す。
「だって、あまりに面白くて。」
「面白かったね。」
ヒカルとレオナが交互に旅の扉を出入りする度に、
リュウたちは耳を押さえ床に転がり悶えていた。
その様子を堪能していたら、いつの間にか日が傾いていたのだ。
「んで、その二人はいずこへ?」
「あっち。」
レオナは旅の扉を挟んだ対面の壁を指差す。
ヒカルは視線を向け、一瞬でしかめっ面に変貌する。
リュウが渋面を顔に浮かべ、マントに身を包み、壁を背に座っている。
おそらく眠っているのだろう。
今日の戦闘は激しかったのだ。
無理はない。
顔が険しいのは度重なる虐めに腹を立ているためか。
(それだけなら別に・・・。)
だが。
「うわ、むかつく。」
そして、そのリュウを背もたれにし、
マントに共に包まっているコトノの姿があった。
「―――っ!」
「まあ、待ちなさい。」
レオナが猛然と歩き出したヒカルの裾を摘む。
「―――っ!!」
「いや、待って。待ってってば!」
レオナという障害を物ともせずに突き進もうとするヒカルをどうにか止める。
「どしてっ!?」
足元に転がるレオナに対し眉を吊り上げる。
「いやね、近寄ったらさー。」
再び指を二人に向ける。
「?」
コトノがこちらを片目だけ開けて見ていた。
そしてしばらくこちらを見た後、
「・・・?」
少し笑い、
「・・・!?」
猫のように額をリュウの頬に擦り付けてみたりして甘え始めやがった。
(別にそれ自体はどうってことなんだけど。)
そのような事は自分たちも日常茶飯的にやっている。
(でも、何が気に食わないって――。)
リュウがそれをくすぐったそうに、心地よさそうにしているのが。
「――あったまきたっ!」
「まー、気持ちは分かるから落ち着いて。」
剣を抜きかねないヒカルの首根っこを摘んでレオナは溜息を吐く。
「何ゆえに止めになりますかっ!?」
「リュウくんが珍しく怒ってるってのとか?」
「・・・怒っておられますか?」
「残念ながらおられます。少しだけ。」
ヒカルの突進が収まる。
「コトノも怒っちゃったからさ。」
「ああ・・・。そっか。」
ヒカルが肩の力を抜き、先ほどの位置まで下がる。
「・・・えらいあっさり引き下がったね。」
「いつもの事だし。珍しい組み合わせだけど。」
ヒカルは薪を折りながら苦笑する。
「普通私だもんね。」
「ま、たまにはね。
ようはコトちゃんの怒りさえ静まれば良いわけだしね。」
互いに眉をハの字にして笑う。
リュウの怒りは三人の誰かがが怒っていない限り持続しない。
それ以前に真剣に怒っているという訳でもないのだから。
ただ仲間が怒らせた事態に怒っているのだから。
仲間が怒っていなければ、基本的に、
特にレオナたちに対して、怒る事などありえない。
「今日の敢闘賞は一応コトちゃんだし、許そうではないですか。」
魔物の大群を葬れたのはコトノの度を超えた魔法のお陰だ。
「うん、今日だけね。」
レオナとヒカルは微笑んだ。
そして、揃ってくしゃみをする。
「ってか異様に寒いね。」
ヒカルは腕を高速で擦り出す。
「洒落になってないね。
そっちは大丈夫?」
レオナは火を起こしながら遠くに座る二人に聞く。
その声にコトノが手を振って答える。
「・・・まー、アレだけくっついてれば暖かいよねぇ。」
ヒカルの声に棘が含まれているが、この際無視する。
「そういや、薪拾いに行った時、外どうだった?」
思い出したように、焚火の前に手を翳し震えるヒカルに聞いた。
「んー。暗かったし。
そんなに遠くに行かなかったから。」
「そっか。
・・・ここって、どこだろね?」
レオナの吐いた大きな息は、ほんの少しだけ白く大気に残った。
「アリアハンじゃないのは確かだね。」
アリアハンはまさにこれから夏に向かうところ。
息が白くなるような気温であるわけがない。
「・・・とにかく朝を待って、そしたら調べよ?」
「了解。」
それっきり二人は焚火を挟んで黙り込んだ。

***

「・・・ねえ?」
しばらく薪の爆ぜる音を聞いていたレオナが口を開いた。
「ん?」
「なんか今日色々あったよね。」
遠くの二人は動かない。
本格的に寝てしまったようだ。
「・・・そうだね。」
魔物の大群。
赤いローブの魔物。
紅い鎧。
最強の二人を片手であしらった事。
賢者の禁呪。
旅の扉。
不思議な金髪の娘。
そして、
グエン。
「訳わかんなくなりそう。」
レオナは火の中に木を放る。
水分を含んでいたそれは、じゅっと音を立てて、そして火に包まれる。
「そうだね。」
炎に照らされたヒカルの顔は無表情の筈なのに
影のせいかにとてつもなく苦悩しているかのように見えた。
「・・・あの、さ。」
ヒカルの顔を気まずそうに見ていたレオナが、言い辛そうに尋ねる。
「何?」
「言えなかったら、ううん、言いたくないなら言わないで。」
ヒカルはレオナに目を合わせない。
ヒカルの瞳には炎が映っている。
「・・・アークマージに、」
ヒカルの目の炎が揺らぐ。
「何言われたの・・・?」
レオナの言葉は周囲の空気を澱ませた。
「・・・・・・。」
沈黙が続く。
焚火に薪を六度加えてようやく、ヒカルは口を開く。
「・・・別に。」
それだけを言い、自分の膝に顔を埋める。
レオナの顔を見ていられなかった。
(――あたしは馬鹿か。)
確かにこのパーティでは賢さは最も低い。
だが悩みに悩んだ。
少なくとも、言えないほどの内容だとは伝わっただろう。
(だから、これ以上は突っ込まないで。)
そう態度でレオナに必死に教える。
「―――――――。」
立ち上がる音。
歩み寄る音。
(っ。)
ヒカルは肩を震わせた。
レオナはどのような顔をしているのだろうか。
それが途方もなく気になったが、決して見ることは出来ない。
自分の今の表情は見られてはいけない。
この鋭い少女に、知られてはならない。
怖くて、恐くて、ただ身を固める。
そして、その固まった肩にレオナの手が触れる。
「ヒカル――。」
その次の句がとんでもなく恐怖だった。
(きっと、問い質される――。)
黙秘のために心を緊張させるヒカルの耳に届いた言葉は、
「一緒に寝よっか。」
隣に座りながら柔らかく自分の肩を抱く。
「え・・・?」
「すっごく寒いもん。
リュウくんたちじゃないけど、くっついてた方があったかいっしょ?」
鼻をすすりながらレオナは笑う。
「あ・・・、う・・・ん。」
「そうよ。私たちだけが火の番してるなんて割に合わないもん。
私たちだって疲れてるし!寝よ寝よ!」
そう言い、ヒカル共々マントに包まる。
「ほら、暖かい。」
「・・・そだね。」
後は寝るだけと、薪をありったけ豪快に火にくべるレオナに微笑む。
(ったく。)
緊張した自分はなんだったのだろうか。
(いや、これは信頼だ。)
自分が語らないという事は、今は言ってはならないことだと考えているのだろう。
物凄い難題だとわかっているということだろう。
(そりゃ語れる時になったら言うけどさー・・・。)
ヒカルはマントの中のレオナの肩に頭を預ける。
(あたしだけじゃどうしようもない問題なのよねー・・・。)
「ま、期待しないで待っててよ。」
レオナに聞こえない音量で呟く。
「ん?何?」
「んー。ほんとに胸ないなーって。」
レオナが真っ赤になって怒り始める気配がしっかと伝わる。
ヒカルは意に介さず、あえてその貧しい胸に顔を埋める。
「・・・何か?」
レオナが静かで激しい怒りを噴出させている。
「とりあえず、不服だけど。
暖かいから、このままでいるよ。」
対応に困り果てるレオナを笑いながら、ヒカルも眠りに就いた。

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