「で、どうする?」
眼鏡を拭きながら女がリュウを見下ろす。
「その、申し訳ございません。」
床に正座しながらリュウが困った顔をする。
「祠の破壊、兵士への傷害。」
眼鏡を掛け直す指が怒りに震えている。
「いえ、あの心の底から申し訳ないと・・・。」
恐縮しきりながらリュウが頭を下げる。
「いや、それは良いのだよ。」
女は目を硬く瞑り、その声は怒りに震えている。
「私の今の感情がわかるかね?」
「それはもう、最高潮にお怒りに。」
「正解だ。」
気分を鎮めようと女が紅茶を口にする。
成る丈、リュウたちに視線を向けない。
「では、その理由についてはどうかな?」
「今朝の祠の騒動のせいでは・・・ないですよね。」
「無論だ。」
リュウが壮絶に冷や汗を掻きながら苦笑いを浮かべる。
「分かっているのだろう?」
「いや、まあ。はい。」
合わせぬよう努められていた視線がついにリュウの左右に向けられる。
「・・・なら、それらをどうにかしないか・・・?」
「はぁ・・・。」
リュウの肩にはレオナの頭が置かれ、
正座するリュウの膝には先ほどヒカルが頭を乗せた。
唯一起きているコトノは、
「・・・・・・。」
我関せずと部屋の内装に目を向けている。
「君らは今何をされている最中かな?」
「えー。
今朝の騒動について、ロマリア国賢者のシェラ様に申し開きをしている所です。」
「その実は?」
「説教です。」
「正解だ。
その説教の最中に眠りこけたり、話を聞かないというのはどうなのかな?」
「すっごくいけない事だと思います。」
「そうだろう・・・?
だから私が凄まじく怒り狂おうとも文句が出てくる訳が無いよな?」
「至極当然の権利だと思います。」
そう言うとシェラはこめかみにくっきりと血管を浮かび上がらせた。
そして一息深く息を吸い込んだ。
(さあ、怒鳴り声が飛んでくるぞ。)
何故なら己の周囲の女性は常にそうだったから。
そう考え、リュウは身構える。
そして、
「はぁ〜・・・。」
シェラは予想外に、深く息を吐き出して眉を顰めた。
「もぉ、やだぁ・・・。」
「へ?」
怒鳴り声全開で捲くし立てられると思っていたリュウは、
頭を抱えて泣き言を言い出したシェラに大いに戸惑う。
「し、シェラ様?」
「何よ・・・。私が怒鳴ると思ったの?」
子供のように拗ねるシェラは口を尖らせる。
「私だって怒鳴りたいわよ。
でも君ら聞かないし効かないし。」
リュウは最高の苦笑を浮かべる。
「そもそも、ヴァイの弟子とかがいるんだもん・・・。
何言ったって無駄じゃない・・・。」
(うあ、この人凄い勢いで沈んでってる・・・。)
「迂闊だった・・・。
最初から祠に人配置しておくんだった。」
「・・・あの?」
「ん?」
「私たち来ること知ってたんですか?」
「ああ。ヴァイが仄めかしてたから。
明言してなかったけど、あの野郎のそういう発言って必ずやるって事なんだよな・・・。」
「私たちとしても説明の出来る方がいて下されれば混乱しなかったのですが。」
「しょうがないじゃない。」
シェラの不機嫌度合いが2割ほど増す。
「魔力障害が酷かったんだから。」
「魔力障害?」
「どこぞのアホ共が旅の扉を連続使用してね。」
リュウに向けられた視線が痛い。
「知らないでしょ?
旅の扉の重要性って。
ロマリアとアリアハン、どれくらいの距離があると思う?
その区間を一瞬で人間を転送出来るということは。
それを行える魔力がどれほどのものか。
そんな魔力を何度も何度も短時間に連続して使えば、
そりゃ、処理に忙殺される程の障害が発生するって思わない?」
巨大な魔法を発動した時に生じる魔力により、歪みが発生する。
その歪みに術者の魔力が捕らわれて、術者の思うように魔法が使えない現象を魔力障害という。
「しかもだよ。
旅の扉って人間だけを転送する訳でもなくてね。
情報とか送れて、各国と通信する事も出来るのだよ。」
人間を転送する場合なら行き先は限られてしまうが、
通信、つまり音声を送るのならば世界中の旅の扉を所有する国家、
あるいは研究機関と通信できるのである。
「どでかい魔力障害は起こるは、他国とは通信し辛いはでね。
処理に追われて碌に寝てないってわかるかな?」
リュウに顔を近づけ、自分の眼の下に出来た深い隈を指差す。
「えー・・・、重ね重ね申し訳ないです。」
「申し訳ないって思うならっ!
せめて起きてる人!
話に参加しようよ!」
横で部屋の片隅にある壺をだるそうに眺めていたコトノに向かって、
半ば泣きそうになりながらシェラが大声を出す。
言葉を向けられたコトノが静かに首を回し、機嫌悪そうにシェラを眺める。
「・・・。」
「・・・な、何?」
「・・・一つ、あるのですが。」
コトノは静かに口を開く。
その静かな迫力にシェラは思わずたじろぐ。
「え、あ、どうぞ。」
「リーダー残していきますので、我々三人は退席しても宜しいでしょうか?」
その静かに紡がれたその言葉にリュウとシェラは固まる。
「こ、コトノ・・・?」
リュウが再び瞑目する魔法使いに震える声をかける。
「な、何を言ってらっさいます?」
「だって、その方が良いと思わない?
ヒカルとレイは寝てる、起こしても長い話が続くんだったらすぐ眠るし。」
二人の寝息はかなり深い。
「あたしに限っては馬耳東風だし。
そもそも。あたし、そんなに悪いとは思わないし。」
「え?」
シェラの間の抜けた声がやたらと大きく聞こえた。
「だって、あたし旅の扉乱用していないし。
それにさっきシェラ様『迂闊だった』って自分で言ってたじゃないですか。」
「う。確かに言ったけど・・・。」
「誰か一人でも説明役の人いて下されれば、何も問題起きなかった筈でしょ?」
「でも、だからって兵士の人たち傷つけた事は許されないんじゃ?」
そう言ったリュウを一瞥する。
「あのねぇ。
あれだけ殺気立って武器突きつけられたんだよ?
聞くところによれば、こっちの話を一切聞こうともしないで?
そんなもん、怪我で済んで良かった方だと思うよ?
確かに過剰防衛と言えばそうだけど。
それ以前に、まともな指揮なら、まず威力行使より先に言葉が出ないとおかしいって。
違います?」
シェラに視線を向ける。
「いや、そこは確かにこっちの落ち度もあるけど。」
「こっちだって殺す気で呪文放った訳じゃないですし。」
(それはどうだ?)
リュウの眉がコトノには気付かれない程度に動く。
あれほどの破壊、直撃すれば怪我では済まない。
掠っただけでも大変であろう。
「・・・何?」
「いえ、何でも。
てか、異様に機嫌悪くございませんか?」
「問題ある?」
「ありません。」
真剣に怖いコトノに即答する。
「ったく。
とにかく、思うんですけど、負傷者って呪文にやられたのより、
呪文から回避しようと殺到したのがだいたいの原因じゃないんですか?」
「うむぅ・・・。」
「だから、あたしは反省する気はありません。
そんな訳で退席しますんで。」
コトノは勢いよく頭を下げて、レオナとヒカルを引き摺りながらドアを開ける。
「こ、と?」
「ああ、宿の人に言っておくから、終わったら来なさいよ。
通りにあった宿屋の筈だから。」
「へ?」
「ちゃんとシェラ様に失礼のないようにしなさいよ?」
「や、お前のその行動とか・・・。」
「・・・わかった?」
「・・・はい。」
そして部屋には、盛大に引き攣った笑みを張り付かせたリュウと、
半分泣きそうな顔したシェラが呆然とドアを見つめていた。
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