「ことちゃー・・・ん。」
コトノに腰を抱えられたヒカルが伸びきった声を出す。
「ちゃんと喋りなさいよ。起きたの?」
「んー、さすがにこんなに揺れちゃ。」
「その揺れにも起きない強者がここに。」
抱えたレオナを揺する。
「・・・失礼ね。起きてるわよ。」
レオナがゆっくりと顔を上げる。
「おお、珍しい。」
「揺れるわ、コトは機嫌悪いわ、乱暴に扱われるわで。
寝てられますか。」
レオナが頬を膨らませながら、コトノを睨む。
「あっはっは、ごめんごめん。」
「・・・まあ、理解できるから良いけど。」
レオナが溜息を吐く。
そして心配そうにコトノを見る。
「で、調子は最悪?」
「うん、絶不調。」
コトノは下腹を押さえながら舌を出す。
「ばれてた?」
「そろそろ時期だと思ってたから。」
「コトちゃんも災難だよね。
旅に出て一日目から来るなんて。」
「まったくねー。
なんとなく今日かなと思ってたけど、
あたし重いから、もう気が立ってしょうがなくてさ。」
「シェラ様も可哀想に。」
八つ当たりされたロマリア賢者に同情する。
「でも失念してたわ。
今日は街だから良いけど。
野宿とか、洞窟内で来ちゃったら地獄ね。」
「女の子の辛いところだね・・・。」
「あんたたちも対策しといた方が良いわよ?」
コトノがヒカルとレオナに向かって言う。
「うーん、私軽いから、そんなに支障ないかな?」
「あたしもー。」
気楽に言う二人にコトノは人知れず拳を握る。
「・・・まあ、あたしが考えとくよ・・・。」
(することって言ったら、ストック準備しておいて、
あとはリュウに気付かせないだけだけなんだけどね。)
頭を押さえながらコトノが消沈する。
「それは重要なことなので頑張ってもらうとして。
これからどうするの?」
レオナが先を進みながらコトノに聞く。
「買い物。」
「買い物って・・・、リュウくん置き去りで?」
「リュウ旅支度済んでるし。
あたしら殆ど手ぶらっしょ?」
「そうだね。それにあたし今猛烈に着替えが欲しい。」
ヒカルが自分の服を摘みながら呻く。
昨日の戦闘で、そこかしこが汚れている。
「それ以前に、今ロマリア冬らしいから防寒具買わないと。
ヴァイさまもそのためにお金くれたんだしね。」
コトノが懐から皮袋を取り出す。
「お腹じくじく痛いから、手当たり次第買い物して気を紛らわせるからねっ。」
コトノが宣言し、歩む速度を上げる。
「んじゃ、ロマリアショッピング開始。」
「おー!」
***
「その、なんだ。」
気を取り直したシェラが咳払いをする。
「君も苦労しているのだな・・・。」
「ええ、分かってくれますか・・・。」
リュウがシェラの杯に酒を注ぐ。
「いっつも無理難題ばかり吹っ掛けられて。
苦労が絶えないんですよ。」
リュウが心の底から深い溜息を捻り出した。
「私も。君とはまったく違うが、昔から苦労が絶えなくてな。」
酒をちびちび飲みながらシェラが呟く。
「そうなんですか?」
「子供の頃は何でも出来たから、良いように使われて、
賢者の修行中は修行仲間に振り回されてな。」
「ああ、それってヴァイさんですか?」
シェラが沈痛な表情で頷く。
「十四賢者の試験を同時期に受けてな。
あの野郎、好き勝手するから、その後処理に頭を下げて廻ったりしてな・・・。」
シェラが焦点の合わない遠い目を虚空に向ける。
「あ、でも十四賢者試験中なら良かったですよ?
その前のヴァイさん最悪でしたから・・・。」
「そうなの?
・・・いや予想はなんとなくつく。」
「いや、多分予想以上かと。」
「だってあいつって、重要なもの以外に凄い冷酷になったりするでしょ?
それの酷いバージョンかなーって。」
「む・・・。正解です。」
シェラが胸を張る。
「どうだ、こう見えても十四賢者は『諜調』のシェラだ。見直したか。」
「・・・ちょうちょ?」
「ちょうちょ言うなーっ!!」
顔を真っ赤にしてシェラが怒鳴る。
そしてリュウの胸倉を掴み、血走った顔を寄せる。
「お前もそう言うか、皆そう言うんだよ、多分ダーマのお偉方もそう言われる事をわかってて、この字名つけたに決まってるもん、そりゃ情報収集能力がずば抜けていたけど、この字名はどうなのよ、虐めですか、虐めですね。確かに私まだ10代の小娘だけどさ、もっと報われても良いんじゃないかなって思うのよね、ちゃんと毎日おかしくなりそうな量の仕事やってるし日々努力してるし・・・。」
(しまったー・・・。)
何か触れてはいけない所に触れてしまったのだろうか、
シェラは影を纏うように落ち込んでいった。
そしてリュウの肩に頭を置いて、滾々と愚痴り始めた。
「・・・そしたら国王とか大臣とか調子にのって無茶難題吹っ掛けてくるわ、
同盟国の賢者も好き勝手私使うし、私は便利屋かっての。
って聞いてる?」
宥めようと頭を撫でていたリュウに向かって、シェラが顔を起こして睨む。
「聞いてますって。」
「うそだー。」
「酔ってますね?」
「この程度で酔うわけないでしょ。」
(うそだー。)
「ったく私の話は聞かないわ、見くびるわ・・・。」
「いえ、話もしっかり聞いてましたし、見くびってもいませんが。」
「ならば、さっきまでの私の愚痴で疑問に思ったことを質問しなさい。」
「えー・・・。」
「・・・やっぱり聞いてなかったの?」
シェラのこめかみがぴくりと動く。
(・・・今度こそ攻撃呪文が来るか?)
自分の周囲にいる賢者や魔法使いたちの今までの行動から、
この眼前に座る酔っ払い賢者に対してリュウは防御姿勢を取る。
そして、シェラの眉が動き、
両目に涙が滲み出した。
「え?」
「・・・そうだよね、やっぱり私の話なんか誰も聞いてくれないよね、
そうだもん、所詮ちょうちょだもんね、あははは・・・。」
壮大に落ち込む速度と比例して、目尻に溜まる涙が大きくなる。
「・・・っく、えぐ。」
そして特に激しいアクションをする訳でもなく、地味に泣き始める。
(いや、地味にとか言ってる場合ではなくて。)
リュウは慌てて慰めに入った。
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