「まっずいな・・・。」
宿の階段を静かに上がりながらリュウが呟く。
「まだ明日になっちゃいないけど・・・。」
顔を青褪めさせながら静かに廊下を急ぐ。
そして目的のドアの前に立ち三度深呼吸をする。
「・・・よし。」
喉をごくりと鳴らし、
ドアを開ける、
前に用心の為に蝶番に油を挿し、音を立てないようにする。
自分の呼吸の音が五月蝿い。
(・・・何故に俺はこんなに緊張しているんだろうか。)
自分の行動に疑問が生じたが、痛いのは嫌だという理由で納得する。
そして意を決して、ドアノブを回す。
「・・・ただいまー・・・。」
静かに顔を覗かせて室内を観察する。
灯りが無いために目が慣れない。
部屋にはベッドが三つ並んでいた。
うち奥から二つが膨らんでいる。
規則的に布団が膨縮しているので既に寝入っているのであろう。
「・・・。・・・?」
(残る一人は何処にいる・・・?)
とりあえず三人一纏めに攻められる事がない事に安堵する。
(何か、荷物増えてる・・・。)
ベッドから室内に視線を動かす。
テーブル脇に荷物らしき何かが纏められていた。
(・・・俺が持つのか。)
溜息を吐きながら、室内に歩を進める。
(暗い。)
後ろ手でドアを閉めると完全に室内は闇に包まれていた。
「・・・ふう。」
誰がいないのかは分からないが、とにかく叱責は免れたようだ。
リュウが安心して荷物を下ろし、装備を外そうとテーブルに向かった。
そのリュウの足が、
何かに払われる。
「おおっ!?」
深夜なので、静かに悲鳴をあげ、何とか転ばぬように踏み止まる。
「・・・!?」
心臓が止まりそうになる程の驚きを必死に堪える。
そして慌てて振り返り状況を確認する。
自分が先ほどまで立っていたドアの前。
そのすぐ横の下に、
「・・・おそい。」
「・・・レオナ。」
レオナが不機嫌に箒を持ってしゃがんでいた。
「な、何しますの?」
リュウが呼吸を整えながら、腰の剣を外す。
「・・・せっかく待ってたのに、帰ってこないリュウくんが悪い。」
「だからといって、そんな奇襲掛けなくても。」
レオナは箒を壁に立てかける。
「遅くなるとか連絡出来なかったの?」
(ご立腹だ。)
むすっとした表情で近付いてくるレオナに冷や汗を流す。
「い、いや、状況的に難しかった。」
「ふーん・・・。」
荷物やマントを外し終わったリュウに、レオナが顔を近付ける。
瞳が半目になっているのが恐ろしい。
「お酒臭いんですけど。」
「・・・えっと、愚痴を互いに言い合ってて、
途中から飲まずにやってられないって話になって。」
しどろもどろになりながらリュウは後退していく。
だがレオナは言葉通り、目と鼻の先の距離に顔を置いたまま追尾してくる。
「リュウくんも愚痴る事あったんだ。」
「ま、まあ色々。」
「でも、お酒飲む前に、言伝て頼むとかという考えは?」
「えー・・・、浮かびませんでした。
ってか、そんな暇なく絡まれてました。」
「へー、シェラ様、絡み酒な人なんだ。」
「泣き上戸も入ってたです。」
「・・・ところでさ。」
リュウは手前の空いているベッドに追いやられた。
これ以上の後退は難しい。
「酒以外の匂いがするよね?」
レオナがリュウの首辺りに鼻を近付ける。
「香水だよね。」
(あー・・・・・・・・・・・・・・・、まずい。)
泣き上戸、絡み癖、抱きつき癖etc.をシェラが持っていた、と
今この場で言って、いったい誰が信じようか。
(誰も信じねぇよ。)
「・・・選択肢を与えてあげましょうか?」
頬が引き攣っているリュウの顎を掴む。
「完全に自分の非を認め、一切合財謝罪して言及を逃れるか。
それとも自分の正当性を主張し、徹底的に抗戦するか。」
(うん。選択肢じゃないよね。)
枝分かれしていない選択を前にリュウは本日最後の溜息を吐いた。

****

「で、何で3つ?」
「コトが、『放蕩野郎がベッドで寝れるなんておこがましいわっ』って。」
「・・・然様で。」
夕食を食べるまで部屋を取るのを待っていたらしく、
食事を終えた時点で3人用の部屋をとったらしい。
「むう・・・、床か。」
先ほど畳んだマントを取りにベッドから立つ。
ベッドの空きが無いので、床に雑魚寝する事になる。
「てっきり泊まるのかと思ってたからさ。」
「そんな怖い事出来るかっ。」
おそらく、その選択を選んだならば、
次の日には血の雨が己の体から吹き出たことであろう。
「ところで荷物多くないか?」
テーブル脇に置かれた固まりを見て苦笑する。
「んー、一応四人分の薬、2週間分くらいの保存食、着替えとかがメインだよ。」
「お金足りた?」
「ヴァイさんがくれた分殆ど使っちゃったけど、まあ何とか。」
「ま、詳しい内訳は明日聞くさ。」
リュウが、積まれた荷物から、おそらく衣類の入った袋だろう、それを枕に床に転がる。
「え、本気で床で寝るの?」
「ん?それ以外どうしろと。」
レオナが溜息を吐く。
「・・・?溜息は俺の役割だぞ?」
「そんな役割決めてないっ。」
「うわっ!?」
レオナはリュウの耳を掴み、強引に引っ張る。
「はい、こっち。」
ベッドに叩き付けられる。
「あの・・・?」
「・・・疲れてんでしょ?」
「まあ・・・。」
「んで、リュウくんはいつの間に、一人でぐっすり寝れる様になりましたか?」
「・・・それを言われるのはきつかとです。」
「文句は受け付けません。
で、一人で熟睡は出来ますの?」
リュウは弱弱しく首を振る。
「でも、ゆっくり休みたい?」
今度は縦に渋々と。
「んじゃ、次に言う事は?」
「・・・お世話になります。」
「よろしい。」
レオナが笑ってリュウの腕を枕に床に就いた。



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