「んでっ。」
コトノがトーストに齧り付く。
「結局あんた昨夜何してたんよ?」
「話してあげるから、僕にもご飯下さい。」
「いやよ、昨夜の罰。」
宿屋の食堂の2階席。
リュウを除いた3人が食事につく中、
リュウは一人その様子を眺める。
「罰って言われても。」
「あんな遅くに帰って来るなんて。」
「帰ってきたとき、起きてたの?」
「・・・寝てたけど。」
コトノはフォークをリュウに突きつける。
「お、遅いことには変わりないでしょっ。」
「まあ、そうだけどさ。」
「じゃあ、我慢なさい。」
リュウの胃袋が抗議の声を上げる。
「・・・もう。」
コトノが溜息を吐く。
「ほら、リュウ、あーん。」
「あーん、って嫌いなもの押し付けるな。」
ヒカルがサラダのトマトをリュウに差し出す。
「でも、食べ物だよ。」
リュウの胃袋に訴えてくる。
「・・・あーん。」
空腹に屈したリュウの咥内をほのかな酸味が支配した。
「ところで、お前らは昨日何してたの?」
リュウはもきゅもきゅ口を動かしながら視線をコトノに向ける。
「買い物と、情報収集かな・・・。」
「何か良い情報あった?」
「ん、あんまり良くはないかな・・・。」
コトノがサラダにざくざくとフォークを差す。
「魔王の事って、まだ知れ渡ってないみたい。
魔物の数も増えているらしいけど、特に気にした人はいないみたい。」
「やっぱね・・・。市井には伝わってないか。」
唯一与えられた紅茶をリュウは口に含んだ。
「うん。
だからバラモスの情報は特に無し。」
ヒカルがトーストに目玉焼きを乗せて美味しそうに噛り付く。
「そうだろうなぁ・・・。
あと何か変わった情報とかは?」
「盗賊の話かな?」
レオナの言葉にリュウの肩が僅かに動く。
「と、盗賊って?」
「うーんとね、まずロマリアの大臣さんたちが悪どい人たちで、
んで、カンダタさんって盗賊がそういう人達から専門に盗みを働いて、
んで、利益の一部を民衆にばら撒いてるそうな。」
「あと、最近金の冠をパクったらしいよ。
街の人たち大笑い。」
「そんなこんなで、民衆に人気があるから、
評判悪くしたくないなら、カンダタを討つ事はお勧めできないわね。」
リュウの顔が引き攣る。
「で、そっちはシェラ様から何か情報・・・って、どしたの?」
コトノが不自然な表情のリュウに気付く。
「や、うん、その・・・。」
やけに口ごもるリュウに不審気な視線が集まる。
「・・・リュウくん、まさか。」
「や、その。うん。」
リュウが弱弱しく頷く。
その姿にそれぞれ何か思い付く所があったのか、
フォークを置き、口元をナプキンで拭く。
「・・・まさかとは思っていたけど。」
「確かに、可能性は高かったよね。」
(一同、激しくお怒りに。)
不思議と怒りの刃を飛ばしてくる仲間に脅えながら、若干の不安を覚える。
(はて、カンダタ討伐でここまで怒る訳ないんだけど。)
「で、そうなのよね?」
「え?あ、うん。」
考え事の最中にコトノに話し掛けられたため、
思わずリュウは頷いてしまう。
「・・・ほー・・・。」
何やら怒りのボルテージが上がっているようだ。
不思議がるリュウの対面でレオナが静かにフォークを構える。
「・・・そう、シェラ様といちゃついて来たのは本当だと。」
「・・・?」
己の見当から遥か遠く離れた発言にリュウの思考は完全氷結する。
「レイ。リュウが帰ってきた時間は?」
「ジャスト0時。」
「充分過ぎる時間だね。」
「帰ってきたとき、少量のお酒とシェラ様の香水の匂いが服からしてました。」
「・・・確定ね。」
「リュウの弁では?」
「絡み酒の泣き上戸の抱きつき癖有りとかほざいてました。」
「・・・あたし達に嘘まで付くようになるとは。
最早、救う余地は無いわね。」
短い会議が、リュウが硬直している目の前で行われ、
弾劾の拳が用意されつつある。
「ま、て・・・。」
リュウが掠れた声を出す。
が、レオナの投げたフォークが喉を掠めて飛んでいったために
リュウの口は最後の句を告げれないでいた。
「では。」
コトノが二人に眼で合図を送る。
その視線に応じてレオナとヒカルが立ち上がる。
「かん、ちがいし、ているぞ・・・?」
リュウが硬直状態から復帰し、席から転がり落ちる。
周囲の客は何事かとざわつき、こっそり見物し始めた。
ゆっくりと歩み寄る三人。
「勘違い?でも、リュウくんさっき肯定したよん。」
レオナが指の骨を鳴らし近付く。
ヒカルも、コトノも、それに倣い接近する。
「ま、ず話を聞、け。」
リュウは座りながら後ずさる。
周囲はあまりの剣幕にざわつき始めた。
「昨夜は、とりあえず許したげたけど。」
レオナの両手が緩やかにリュウの襟首を掴む。
「いや、だから。」
「大人しく、ね?」
首から上は誰もが胸をときめかせんような極上の笑顔で、
だが手はリュウを吊り上げて、壁の端に押し付ける。
「かはっ・・・。」
気道が狭まり、リュウは苦悶の声を上げる。
「さて、どうしようかね?」
「このまま落とそうか?」
レオナの問いにヒカルが明るく答える。
現にリュウの押し付けられている壁から少し横にずらせば、
リュウを1階の食堂に叩き付けられる。
「ああ、それは良い。」
レオナの笑顔が眼に眩しい。
(眩しすぎて、涙が出てくるっ!)
リュウは反論することを切望するが、
首を絞められている為、また、あまりに理不尽な扱いに哀しくなった為、
さめざめ涙を流しながら、されるがままである。
「あは。諦めたみたいね。」
レオナが顔を近付けて笑顔を作る。
とても冷酷に唇を歪めて。
「どうして、いっつもそんな事をするんかねぇ・・・。」
レオナが半目になる。
首を絞めながら起用に顔を近付けてリュウの頬を撫でる。
その手の冷たさにリュウはぞくりと背筋を震わせる。
そんなリュウにレオナは微笑を向け、耳元に口を寄せる。
微かな吐息が耳にかかる。
「んじゃ、そろそろ死んでもらおうかな?」
レオナに耳を齧られながら囁かれたその言葉に恐怖したり、頬を赤くしたりと。
(わぁ、もう大変。)
リュウはパニックを起こし、その場で暴れる。
(わああーっ!!?わあー・・・あ?)
だが、首を押さえる圧迫も無く、三人は食卓に何事も無かったかのように食事を再開している。
(え?え?)
「ん?早く座りなさいって。」
コトノがきょとんとこちらを見る。
「で、カンダタ退治言われたんでしょ?」
「え、ああ。」
「んで、アレでしょ?金の冠取替えして来いって。」
「まいったね。」
「それ以前にカンダタ何処を拠点にしてんのかな。」
呆けるリュウを捨て置き、状況をあっさり理解し、作戦会議を始めている。
「えー・・・、っと?」
リュウが近付きながら、不思議な顔を作る。
「ふむん?どうかした?」
レオナが見上げる。
「怒ってらしたのでは?」
「うん?冗談だよ。」
「・・・・・・。」
(嘘だ。)
先ほどまでの剣幕を思い出し、あっさり嘘と言う彼女らに人知れず拳を固める。
「で、何か情報貰ってないの?」
疲れ果てた顔をしながら座るリュウにヒカルが声を掛ける。
「・・・一応、お前らの承諾を得ようと。
んで、詳しいことはこれから。」
「は?返事してなかったの?」
コトノが眼を丸くする。
「いや、したけど。」
「・・・あたしらが反発したらどうするつもりだったの?」
「一月くらい休んでいて貰おうかと。」
「・・・。」
「いや、そんな呆れられても。」
一同の視線を受けてリュウは苦笑する。
「・・・問題にされてんのってあたしの魔法じゃないの?」
コトノが睨む。
「まあ、実は。」
「言うなればあたしが受けるはずの罰でしょ?」
リュウが渋々頷く。
「な・ん・で。
あたしが受けることをあんたが一人ですんの。」
コトノがリュウの頭を小突く。
「そりゃ、おまえ、なかま「ああ、はい分かりました黙れ。」
コトノが頭を押さえながら荒々しく息を吐く。
「んで、あんた一人で解決することも覚悟してたわけだ。」
「そうだけど・・・。」
コトノが卓を思い切り叩く。
「馬鹿じゃないのっ!?」
「何を今更っ!」
「逆ギレっ!?」
お互いに立ち上がり唾を飛ばし合う。
「逆ギレもするわっ!どうせまた殴る気満々だったろ!」
「当たり前でしょっ!」
「あっさり認めんな!」
今にもつかみ合いそうな剣幕で怒鳴りあう二人を、
レオナとヒカルは他の卓に退避しながら眺める。
「・・・どっちが悪いと思う?」
「・・・さぁ?」
「じゃあ、どっちがムカつく?」
ヒカルは鼻を鳴らす。
「もちろん、リュウ。」
「そうよねぇ・・・。」
コトノの拳で盛大に首を捻っているリュウを見ながら溜息を吐く。
「あの・・・、お客さん?」
「はい?」
ふと背後から控え目な声が掛けられた。
驚いて後ろを振り返れば、宿の女将が気弱な笑顔でこちらを見ていた。
「その・・・、他のお客さんの迷惑になりますので・・・。」
「えと・・・。」
「あ、ごめんなさい。
でも、すぐ静かになりますので。」
どう謝ろうかと考えていたレオナの横で、
ヒカルが振り返らずに冷たく告げる。
「いや、出来たら今すぐに・・・。」
「時間が経てば静かになります。
それに他の客に物理的な被害は与えてないので。」
「それは・・・。」
「しばらく我慢してください。」
(ヒカル・・・、八つ当たりしてる・・・。)
冷たく言い放ち続ける赤毛の少女にレオナは背中に冷たい汗を流す。
「そ、そうですか・・・。」
頬を引き攣らせながら女将は肩をうな垂れさせた。
(チェックアウトする時、少し余分に払おう。)
脅える他の客に頭を下げる女将の姿にレオナは溜息を吐いた。
そして、喚き続けるリュウ達を哀しげに眺めてからフロントに戻る時に、
思い出したようにレオナを見た。
「な、何か?」
「あのですね、あちらの髪の長い男の方に。」
女将が鼻から血を流す勇者を指差す。
「先ほど、お会いしたいという方が見えていたのですが。」
「はあ・・・。」
「お連れしても良いんでしょうかね・・・?」
「良い・・・、と思いますけど。」
「では、お連れします。」
そう言い女将は階段を下りていった。
「・・・誰だろ?」
「さぁ。」
珍しくリュウが反撃に出て、コトノの頭を絞めている。
が、潤んだ瞳に騙されて、あっさりとフロントネックブリーガーを極められた。
「決まったかな?」
「・・・。」
「お、返した。」
リュウはコトノの脇を突き、脱出した。
そしてアイアンクローを仕掛ける。
だが、コトノに腕を取られて、あっさりと投げられる。
リュウの体が床に叩きつけられると同時に、歓声が上がる。
(おいおいおいおいおい・・・。)
ふと気付けば、脅えていた客は、
この格闘の観客になっているようだ。
皆、手を硬く握り、熱い攻防戦に熱中している。
(ちょっと待ってよ・・・。)
レオナは頬をひくつかせる。
(何?この状況は。)
頭の中がぐるぐると回りだす。
(ロマリア人も軽いのか、単に格闘好きなのか。
てか、止める人っていないんだな、いないか当然。)
様々な考えが頭を廻る。
(どうしよう、どうしよう、どうしよう・・・。)
レオナはこの状況の対処について真剣に悩む。
ヒカルも一観客になってこの試合を観戦している。
(どうする・・・?)
レオナは決断を迫られた。
既に脳の中では、一つの答えが出ている。
問題はそれを実行する勇気。
目を瞑り、深呼吸をする。
(手遅れじゃない。)
躊躇するのは得策ではないのだ。
ならば。
(私だから出来る。)
自分のすべき事は唯一つ。
(さぁ、やるぞ。)
レオナは決心して、歩みを進めた。
愛しい仲間の戦う姿がレオナの力強い瞳に映る。
心に浮かんだ答えは唯一つ。
心に浮かぶ思いは唯一つ。
それは―――。
(こんなに美味しいものはないもん。)
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