「これは・・・、何の騒ぎ・・・?」
女将に案内されて、二階に上がった時、
シェラは自分の目に映る光景を疑った。
(先ほどから凄い歓声は聞こえていた。)
つかみ合う勇者とその仲間。
赤いものを飛び散らせながら戦うその風景。
(あ、よく見たらリュウ君だけ流血してんだ。)
コトノの顔は無傷のようだ。
(いや、それは良くて。)
あまり良さそうに思えなかったが、問題となる事が他にあるのだ。
(えっと、普通のお客だよね。)
コトノがリュウの体に拳や蹴りを叩き込むたびに声を上げている彼ら。
問題はその熱の入りっぷりだ。
(闘技場があるから、格闘好きって事なら理解できる。)
だが、その手に握られたそれはなんであろうか。
(何故、熱狂する者全て、棒を持ってるのだろう。)
本数こそ違えど、全員手に細い棒を握っている。
一箇所に大量に集まり、そこから離れる者全てが須らく手にしている。
(何故、耳に倍率がどうだとか言う言葉が届いてくるんだろう。)
人ごみを掻き分けながらシェラが進む。
目指すこの人だかりの中心。
(予想が正しければ・・・。)
否、これは予想でもなんでもない事実だということはとっくに理解している。
だが、常軌を逸している為想像し難いのだろう。
どれだけ人がこの宿にいたというのだろうか。
やっとの思いで、中心に辿り着いた。
そこでシェラは言葉を失った。
(えっと・・・。)
確か、昨日自分の説教中に居眠りこいていた方の片割れである。
確か、勇者の仲間で僧侶だったはずだ。
そう聖職者のはずだ。
「・・・何をしているのだ?」
シェラは掠れる声で尋ねた。
その唖然としているシェラに向かって、
満面な笑顔で複数の客を捌いていたレオナはこう言った。
「・・・賭けます?」
「賭けないよっ!?」
その瞬間、リュウが昏倒し、勝敗が決したことによる盛大な歓声に
シェラの叫び声はかき消された。

***

「んで、何の用スか?」
コトノが耳をほじりながらシェラに言う。
「何の反省もなしかっ!?」
「だってリュウが悪いしー。」
(うわ、コトノ不機嫌モード全快すぎるっ!?)
コトノとヒカルの微塵の欠片も反省しないその態度に怒声を上げるシェラを
レオナはリュウに回復魔法を施しながら眺める。
シェラは、歓声と怒号で支配された食堂からリュウ達を引っ張り出し、
宿の一室で事のあらましを聞いた。
状況を理解したシェラは頭を抱え、そして説教を始めた。
(あーあ。)
レオナはシェラに気付かれぬようこっそりと溜息を吐いた。
が。
首をぐるりと向けられて、鬼のような表情で睨まれる。
「何か不満でも・・・?」
「や、あの。」
(そりゃ、不満は少しある。)
賭けの払い戻し作業を女将に任してきてしまったこと。
(利益は手に入らないだろう。)
恒例といっては可哀想だが、
いつも通りの日常に面と向かって文句を言われること。
(それも昨日会ったばかりの、私達のこと知らない人に。)
そして、
戦闘が終わったときにシェラが駆け寄った時の表情。
(・・・まったく腹が立つ。)
ヒカルも同等の思いを持っているのだろう。
コトノ程ではないが、膨れっ面を惜しげもなく披露している。
(何よりも腹が立つのが。)
椅子に座り、自分の横で治療を受けているこの男。
「あの・・・、シェラさん?」
「な、何?」
リュウの問いかけに驚いたシェラは体ごと振り向く。
「その辺にして貰えたら嬉しいんだけど・・・。」
「でもっ!」
「いや、俺らにしてみたら普通の出来事な訳で。
そりゃ、宿の人にしてみたら、のっそい迷惑だけど。」
「でも、そんなぼこぼこに。」
「ちゃんと回復してくれるし。
いつものことだし。
だから、許してあげて欲しいんだけど・・・。」
「む・・・、まあ、リュウ君がそれで良いんだったら。」
片手で謝罪の形を取り苦笑しながら謝るリュウに
渋々ながらシェラの怒りが収まる。
(・・・このっ。)
「っいっ!?」
レオナがリュウの背中を思い切り抓り上げる。
「ちょっと。」
シェラが眉を上げるが、その向こうで仲間二人が親指を立てて笑っている。
「そ、それはそれとして。
シェラさんどうしたの?」
今もなお強く、爪まで立てて抓られながらリュウは皆の疑問を代弁する。
「あ、うん。というか、ちゃんと今回の依頼の事話せた?」
「いや、まだ。」
「でしょうね・・・。」
シェラが他三人を見渡す。
むくれっ面で睨み返される。
「はぁ・・・。んじゃ、改めて説明をしよう。」
シェラが咳払いを一つした。
「良いか?
昨日の祠の破壊及び兵への傷害についての処罰として
カンダタの討伐及び金の冠の奪還が、議会から諸君らに命ぜられた。
そこまでは良いかな?」
シェラが一同に視線を向ける。
コトノが挙手をする。
「何だ?」
「どうして、リュウ個人と話す時と口調が違うのかについて言及したいのですが。」
「き、却下。
続けるぞ。」
シェラは戸惑いながらも話を進めようとする。
「いえ、重要なことです。」
「あたしも知りたい。
どうして?」
レオナとヒカルがシェラを囲む。
「や、だから、それは。」
「うん、それは?」
「その・・・。」
「はっきりしてください。」
畳み掛ける三人に追い詰められるシェラ。
レオナたちは勝利を確信した笑みを浮かべる。
だが、頭に走った痛みに揃って蹲る。
「・・・何すんの・・・?」
悶絶しながらヒカルが、拳を振り下ろした姿勢のまま怒るリュウに抗議の言葉を発する。
「大人しく話を聞け。
先に進まないだろ。」
(このアホめ。)
全員が頭を押さえながら同じような顔をリュウに向ける。
シェラも思わぬ助け舟に安堵したような顔をする。
(ここで問い詰めておけば、余計な問題も防げるってのに。)
むっとした表情の三人は、
通りすがりにリュウの腹をどついて、ベッドの上に並んで座る。
「・・・?」
リュウは痛む腹を擦りながら三人の隣に座る。
「んで、シェラさん。」
「あ、うん。
カンダタ一味の拠点とされているのは
カザーブから西に暫らく進んだ所にあるシャンパーニの塔。」
「ふむ。」
コトノが考え込む。
「カザーブって?」
「ここから北の村だ。」
「移動手段は?」
「カザーブまでなら、ルーラで行けるが、シャンパーニまでとなると徒歩しかない。」
「・・・近いの?」
「・・・遠いな。」
シェラは地図を取り出してベッドの上に広げた。
「・・・アリアハン・レーベ間の2倍あるわね。」
カザーブからシャンパーニの塔までの距離を見て、コトノが眉を顰める。
「移動だけで一ヶ月くらいかかりそうなんだけど。」
コトノがリュウを睨む。
「そ、そうだね。」
「知らなかったわね?」
返答に困り目を泳がせ始めたリュウの首を握る。
「考えなしの行動も、これっきりにしてね。」
「は、はい。」
リュウはコトノの凄絶な笑みに恐怖する。
「でも、一月もかかるのは厄介じゃない?」
ヒカルが顎に指を当てながら言う。
「その事で今日私が来たんだ。」
シェラの言葉に一同は訝しげな視線を集中させた。

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